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加害者にさせない為に

     ※ 予約投稿です。

       長いの苦手な方はスルーしてください。



    今年5月、実家の車を廃車にしました。

  車を手放すこと、父の免許証を返納すること、

母の存命中より何度となく議題に上がっていた案件でした。

    勿論、その討論の中に父は居ません。

   本人の自尊心を傷付けない為、

      話し合いは密かに行われました。

    その後母が逝き、

 車の維持についてそして免許証更新について、

姉も私も話し合いを持つ為の勇気を奮い起こすことができぬまま、

     父は齢80を迎えていました。



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                  いつもの散歩道




   5月、大型連休に実家を訪ねた時のことです。

  数日前より父が車検のことで気を揉んでいることは、

     姉から聞いて知っていました。

  その日も、「えっと……。車検があるから……っと」

    そう言って何度となく地図を広げては、

    父は車を届ける先への道順をなぞっています。

   不安を覚えているのは一目瞭然でした。

車検を依頼する店までは飛ばさなくても20分ほど、

      道順も決して複雑ではなく、

  常日頃ハンドルを握る人間にとっては

     緊張を齎すほどのものではない筈です。

    高齢の父はもう長いこと、

 独りきりでハンドルを握ってはいませんでした。

    助手席には必ず母がいて、

 母が逝った後には姉がいて、

   父のナビゲーターを務め続けていたからです。

それでも父は、自らの運転に自信を漲らせていましたね。

 運転そのものを生業にしていた訳ではありませんが、
  
     免許を取得してから60年余り、

   家族を養う為に週6日、

    父はハンドルを握り続けていましたから。

 高齢になっても変らず免許証を交付され続けたことが、

   過剰な自信に繋がったことも否定はできません。



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                たもちゃん。あそこに何かいるよ。



  それでも母が逝き、病院への送り迎えも役目を終え、

 父がハンドルを握る機会は益々減っていきました。

自動的に届けられる「運転免許証更新」を促すハガキを手に、

「(免許)返納してもいいんだよなぁ」と呟くようになっていた父。

 そして、そんな父の元に届いた「車検」を急かすハガキの山。

       父は、そわそわしていました。

  壁に吊るした暦には、赤ペンで二重丸をした車検切れの印。

    その印を目にしては、地図を広げ道順をなぞる父。




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                 ん? 何だ、あれ?




  「車検? 車は……、もういいんじゃない?」

 車検の有効期限まで半月ほどを残したその日、

私は至ってさり気なく、父に、車を降りることを提案しました。

       「もういいって?」

   父は、すぐには飲み込めないでいるようでした。

  「車もさ、もう、ほとんど乗ってないでしょ?」

実際、年が明けてから父がハンドルを握ったのは1度切り。

  「脚の調子もあんまり良くなさそうだしさ。

      無理に運転することも、ないんじゃない?」

   脚に痺れを抱えている父は、

思うに儘ならないその感覚に癇癪を起こすことも少なくない有り様で、

  ハンドルを握ることがどれほどの危険を伴うものか

           想像に難くなかったのです。

   「重たいものの買い物ならさ、私がいつでも行けるじゃん」




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          おーい! お前、何してんのぉ~?



  父は黙ったまま壁を見つめ、それからひと言

      「廃車にするかぁ」

          そう、呟きました。

     それは思ってもみない、

   頑固者の父が漏らしたひと言でした。

思わず口元を綻ばせてしまいそうになるのを感じながら、

  私はただ「うん。それも、いいかもね~」と答えました。

       有頂天になる私の姿を見れば、

     父が前言を翻すのは明らかだったからです。

 すぐさま、私は姉のところへ事の次第を伝えに行きました。

    「『廃車にするかぁ』って言ったよ!」

       「へぇ!?」

   姉は素っ頓狂な声を上げ、

 信じられないといった表情をしていました。

    それでも私は、

 父が廃車を決めたことに浮かれきっていたのです。




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          ねぇねぇ。お前、そこで何やってんのぉ~?

            「たもちゃん。川に落ちるよ~」



  数日後、姉が寄越したメールにはこうありました。

 「『車検に行かなきゃなぁ』って、また地図見てるよ」

   苛立ちを覚えながら私は、すぐさまこう送り返しました。

 「『廃車にするって話だよね』って、促さなきゃダメじゃん」

    姉を、責めるような文面になっていたと思います。 




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           静かに接近。そして静かに凝視。

   この後坊ちゃん手も足も出さず。

        カモは涼しい表情で泳いでいきました。



   父は、考えを変えた訳ではありませんでした。

  「廃車」という選択肢が、

    頭の中に留まっていなかっただけのことなのです。

  昨日話した内容も、数時間前口にした食事のことも、

父の中では既に淡雪のように消え去ってしまうものでしかなく、

     不意に襲ってきた「廃車」という言葉には、

既に丹念に刷り込まれていた「車検」という言葉を打ち消す力など

           持つ筈もありませんでした。

     翌週実家を訪ねた私の前で父は不安げに、

   再び「車検、もうすぐだよなぁ」と繰り返していました。

  「車は、もういいんじゃないの?

 脚がそんなに痺れてるんじゃ運転も危ないでしょ?

  世の中運転の上手い人ばかりじゃないよ。

 こっちが悪くなくても巻き込まれることだってあるんだし」

  父の判断力や運転技術の衰えには一切触れず、

 手を替え品を替え、私はなんとか父を言い包めようと

           躍起になっていました。


  交通事故の発生件数は、年々減り続けているそうです。

それにも関わらず、高齢者による交通事故は減らないばかりか

         増え続けているのが実情です。

  免許証を返納するタイミング、車を手放すタイミング、

見極めるのは本人は勿論家族にもとても難しいものだと感じます。

      認知症を患っている男性が、

 制する妻や娘たちをなぎ倒し怪我を負わせ、

   そのまま車を出し重大事故を引き起こした事例も読みました。

父を運転から遠ざけるのは、家族の責任だと感じていました。

     父を、加害者にさせたくなかったのです。

   
  数十年も前のことになりますが、

     父は交通事故で瀕死の重傷を負っています。

   私がまだ小学生の頃のことです。

 加害者の車が猛スピードのまま突っ込んだのは、

   交差点で信号待ちする父の車でした。

  後に母から聞いた話によると、

医師からは「とても助かるような状態じゃなかった」と言われたということ、

    それから、怪我の状態が酷過ぎて暫く私たち娘を

  病院へ連れていくことができなかったということでした。

 また、警察からの電話で事故を知らされた母の動揺する様は凄まじかったらしく、

「『奥さん、落ち着いて。落ち着いて』って何度も言われちゃった。

         でも、本当に心臓が止まりそうだった……」

    大人になって母からそう聞かされた夜は

     震えが止まらずなかなか寝付けなかったこと、

            今でも鮮明に覚えているんです。   

  事故の解決は裁判にまで縺れ込みました。

    これも大人になってから聞いた話ですが、

 この加害者は数ヶ月前にも事故を起こしたばかりで、

  それまでにも何度となくそのようなことを繰り返しており、

 家は抵当に入れられ近隣でも有名だったということでした。

     今になって思えば、

父が癇癪を起こし易くなったのも事故に遭って以来のことのように

          感じられます。

   事故当時小学生だったとは言え、

私もまた被害者家族の痛みを今も尚引き摺っているのです。

     
   父は、あの頃のあの痛みを忘れてしまったのでしょうか?

  否、自分は事故など起こさない、そう過信しているのです。

        手紙を認めました。

     
 その後、父はようやく車を手放す決意を固めたようでした。

   そして、その決意が揺らぐのを懼れたのか、
   
  手続きの必要性を忘れてしまうことを懼れたのか、

父は驚くほどの速さでその手続きを進めていったのです。

 煩雑なことは全て母任せだった父が自ら受話器を取り、

  車の販売店へと連絡を入れていたのですから驚きです。

   その後間髪を入れず私のところへ電話を寄越すと、

  「廃車のことだけど……。

 あれ、印鑑証明?が必要なんだって」と告げました。

    上ずった声の調子に、

父が頬を上気させ決死の覚悟で販売店へ電話を入れる姿が

       脳裏に浮かびました。  

手続きの方法については既に充分に把握していましたが、 

       私は無知を装い、

「そうなんだぁ。電話してくれたんだね、ありがとうございます。

  じゃあ、書類は私が行って取ってくるね」と伝えました。

    父は安堵した様子で早々に受話器を置きました。

 その後手続きに必要な雑務はほとんどを姉が請け負ってくれ、

   後は車の引き取りに来る日を残すのみとなりました。

   それでもその日、実家へと向かう途上、

  私は押し寄せる不安とまだ闘っていましたね。

車が車庫を後にする時、父は平常心を保っていられるだろうか、

    寂しくなって急に心変わりなどしないだろうか。


   父の反応は、実に拍子抜けするものでした。

     今思えば、

  その時の父は自分の車に何が起きているのか、

    充分に理解をしていなかったような気がします。

  「車、持って行ってくれたからね」

     「ふーん」

  「なんだか、呆気なかったね」

     「……で、いくら掛かったんだ?」

  「お金は、取られなかったよ」

  ※ 実際にはリサイクル券なるもので支払っているので、

       無料という訳ではありません。

  「今までずっとあのお店で買ってるから、

     サービスでやってくれたんじゃない?」

    「ふーん」

 聞こえているのかいないのか父の反応はあまりにも薄く、

     あの不安は徒労に過ぎなかったのだと、

容易く肩の荷を下ろせたことに私は寧ろ感動すら覚えていました。
      
   感傷的になることもないんだなぁ、

     まあ、車に特別思い入れもなさそうだし。

       その時の私は、

父の気持ちをその程度にしか慮ることができなかったのです。

     
    翌週実家を訪ねると、

私は母が親しくしていた近所の女性にこう話して聞かせました。

  「うちの車、この前めでたく廃車にしました~」

 私は恐らく、ひどく得意げな表情を浮かべていたと思います。

    「お父さん、よく首を縦に振ったねぇ」

   父が頑固なことは、彼女も重々承知していました。

  「それがね、案外あっさり『廃車にするかぁ』って」

    「意外だねぇ。でも、まだ呆けてないってことじゃない?」

  「案外、まだしっかりしてるのかも。

    けど、そのうち『俺の車どうした? 盗まれてるぞ!』

            とか言うようになったりして……」

    「そうだよ、そうだよ。まだまだ分からないよ~」

      彼女はカラカラと声を上げて笑い、

  私は大役を果たした充足感に溺れていたのです。

    父の気持ちが置き去りになっていることに、

     私はまだ気付いていませんでした。





     おとーちゃんが、ちょいとお出掛け。

     
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             そんなとこで拗ねてないでぇ 




   14-08-23_1128.jpg


            そんなふうに待たなくても…… 



     
     ※ 廃車のことはまた書きます。




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プロフィール

たもこ

Author:たもこ
生後2ヵ月で我が家にやってきた柴犬たもつ。
日々進化を続けるたもつと彼に翻弄される犬素人夫婦の日常を綴ります。
旧名たもつ先生です。
たもつ ♂ 
2007年10月19日生まれ
2021年10月12日お空組に

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