君は何処へ行くのか
警察庁は、
去年1年間に認知症またはその疑いで行方不明になったとして
警察に届けられた人がのべ1万322人に上り、
統計を取り始めたおととしより715人増えたと、
今月(6月)5日に発表しました。
こうしたなかで今注目されているのが、
衛星の電波を使って位置を特定するGPSの技術です。
NHK NEWS WEB より
最近、特に問題になっていますよね、高齢者の行方不明。
これ、我が家も決して他人事とは言っていられないんです。
実は実家の父も以前、
「行方不明者リスト入り」になりかねない事態に陥ったことがあるんです。
以下、本人談です。
「俺、この前迷子になっちゃったんだ~(笑)」
え? 迷子? ……っていうか、「この前」っていつよ?
唐突に父が語り出したのは、
母が逝って数ヶ月が過ぎた頃のことです。
今となっては、もう3年ほども前のことになりますが。
「モノレール降りてさぁ。
あれ、間違った方に降りちゃったんだよなぁ」
モノレール? どこかにお出掛けした時の話ですか?
母同伴でなければ何処にも出ようとしなかった父のこと、
いったいいつの体験談を語りだしたのやら、
どうも話が見えてきません。
「モノレール降りてさぁ。
うちの方と反対側に出ちゃったんだよなぁ」
モノレールの最寄り駅、改札口は1ヶ所、
そこを出て左を向くか右を向くかで、その景色は大きく変ります。
左へ出るとそこは学校のグランドなどが広がる比較的開けた空間。
右へ出るとそこは大きな商業施設が空を遮り、
多少の圧迫感を覚える空間になっています。
この商業施設を通り抜け信号を1つ渡りさえすれば、
間もなく実家に到着です。
駅を出てから早ければ5分、
高齢者の脚でも10分前後あれば足りるでしょう。
父はその道を、
「あれ、3時間くらい掛かっちゃったんだよなぁ~」
……などと言って、笑います。
「改札出て、左に行っちゃったのがいけなかったんだろ?」
そうですね。
「あそこに、交番あるだろ?」
ちゃんと分かってるじゃないですか。
「それからどんどん歩いてたら、魚屋が出てきてさぁ」
ここ、以前より利用している魚屋さんです。
「……で、そこから真っ直ぐ来れば良かったんだよなぁ」
仰る通り、その魚屋沿いの道を真っ直ぐ来れば、
角を2回曲がるだけで自宅が見えてきた筈なんですけどね。
「そこから、中学校の向こうのグランドの方まで行っちゃってさぁ」
は? はぁ? まるっきり方角がおかしくなってるし。
しかもこれ、ものすご~く遠い道のりですよ。
「いつもウォーキングしてたからさ、俺、良く分かってるだろ?」
……てか、良く分かってないから迷子になってるんでしょうが。
母は生前、出不精の父を半ば強引に連れ出し、
ウォーキングで足腰鍛えるよう促していたんですよね。
『歩けなくなったらお終いだよ。子供に迷惑掛けたくないでしょ!』
そう言って、母はいつも父に発破をかけていましたね。
「あそこのグランドとかいつも一緒に歩いてたもん。
それにしても、よく歩かされたよなぁ」
それだけ通ってて、なぜ真っ直ぐ帰って来られない?
「あそこからが……。また間違っちゃったんだよな~」
その大きなグランドからは、方向さえ間違えなければ
これまた角を1回曲るだけで自宅に辿り着くことができます。
「向かってきた方向は、これ、合ってるだろ?」
うんうん、間違ってはいませんね。
「でもさ、あれ、行き過ぎちゃったってことだよな?」
うんうん、そういうことですね。
聞いたところ、向かった方角に間違いはなかったんですよね。
ただ、ほんの少し、ほんの少しだけ惜しかった。
あぁ、そこで左に曲れば良かったんじゃない?
ほら、そこでちょっぴり行き過ぎてるじゃん。
そこでほんのちょっと戻らなきゃ……みたいな感じで。
まるで懲りていないのか、
父は誇らしげな表情で更に続けます。
「ほら、あの飯屋があったからさ、分かったんだ」
飯屋?
父の言うその食堂は……、
私たちがその街に越してきた数十年前には既にその場所に建ち、
街外れで人なんか来ないんじゃない?
なんて噂する私たちの評価を他所に営業を続け、
果たして今でも暖簾を提げているのかどうかは分かりませんが、
今でも変わらずその場所に建ち、
父に「今居る場所」を教え、父を自宅へと導いたのでした。
「俺の記憶力は確かだもん。
あの店、ずっと前からあったもんな?」
いやいや、記憶力が怪しいからこういう事になってるんでしょうが。
高齢になると、やはり昔の記憶がものを言うのでしょうか。
その古びた食堂が父の視界に飛び込んで来なければ、
父は恐らく何方かのお世話になっていたか、
或いは「行方不明者リスト」に名を列ねることに
なっていたやもしれません。
父の話に耳を傾けていると、
え? そこまで分かっていたのに?
そんな些細な変化にも気付いていたのに?
……と、迷子騒動自体に疑問を感じることも多いです。
いったいなぜそこで迷う?……というのが、
今のところ迷うことのない私には理解の及ばないところなんですよね。
この3時間にも及ぶ大冒険を、
父は高座にでも上がったかのように如何にも調子よく
カラカラ笑い声を立てながら話して聞かせてくれるのですが、
調子を合わせてウンウン頷く私の脳内には
「認知症」の文字が浮かんでは消え、
乾いた笑い声を飛ばす口の中はすっかり渇き切ったままに、
脱力する身体を引き摺るように家路に着いたことを、
今でも時たま思い出してしまうのです。
その後の父が余所行きを羽織る機会と言えば、
家族揃っての墓参りか、姉が連れ添っての美術鑑賞かという程度で、
独り駅に降り立つという危険を冒すこともなくなっていたので、
「あそこで左に曲がりさえすれば」
……なんてことを悔やむ必要もないままに今日を迎えている訳で。
高齢者が帰宅できなくなる事例、
決して他人事などではありません。
本当に「いつもの通り」「いつもの風景」の中でそれは起こり得るもので、
まさかうちの家族が……という油断は禁物なんですよね。
ニュースで言われるように、GPS技術も勿論有効でしょう。
でもその前に、
行方不明者情報を警察や自治体で共有できるように、
なにせ老若男女これだけネットで繋がっている時代ですからね、
是非ともお願いしたいものですよね。
突如行方知れずになった親御さんを何年も探し続けている方や、
帰りの道も分からず見知らぬ土地で家族の迎えを待ち続けるお年寄りが、
一日も早く元の生活に戻れるよう祈らずにはいられません。
ワンコには帰巣本能があると言いますが……。

おいらのうちは……、

どっちだっけ?
いざという時、この子は帰って来られるだろうか……。
帰巣本能とは関係ないですけどね。
たもちゃ~ん、そこで何やってんのぉ~?

あ!

モジモジしてる。
前足丸まってるから分かるんですよ。

真剣な横顔。

真剣過ぎる横顔。

布団の隙間からスナギモ……。
だから、止めろってーっ!
去年1年間に認知症またはその疑いで行方不明になったとして
警察に届けられた人がのべ1万322人に上り、
統計を取り始めたおととしより715人増えたと、
今月(6月)5日に発表しました。
こうしたなかで今注目されているのが、
衛星の電波を使って位置を特定するGPSの技術です。
NHK NEWS WEB より
最近、特に問題になっていますよね、高齢者の行方不明。
これ、我が家も決して他人事とは言っていられないんです。
実は実家の父も以前、
「行方不明者リスト入り」になりかねない事態に陥ったことがあるんです。
以下、本人談です。
「俺、この前迷子になっちゃったんだ~(笑)」
え? 迷子? ……っていうか、「この前」っていつよ?
唐突に父が語り出したのは、
母が逝って数ヶ月が過ぎた頃のことです。
今となっては、もう3年ほども前のことになりますが。
「モノレール降りてさぁ。
あれ、間違った方に降りちゃったんだよなぁ」
モノレール? どこかにお出掛けした時の話ですか?
母同伴でなければ何処にも出ようとしなかった父のこと、
いったいいつの体験談を語りだしたのやら、
どうも話が見えてきません。
「モノレール降りてさぁ。
うちの方と反対側に出ちゃったんだよなぁ」
モノレールの最寄り駅、改札口は1ヶ所、
そこを出て左を向くか右を向くかで、その景色は大きく変ります。
左へ出るとそこは学校のグランドなどが広がる比較的開けた空間。
右へ出るとそこは大きな商業施設が空を遮り、
多少の圧迫感を覚える空間になっています。
この商業施設を通り抜け信号を1つ渡りさえすれば、
間もなく実家に到着です。
駅を出てから早ければ5分、
高齢者の脚でも10分前後あれば足りるでしょう。
父はその道を、
「あれ、3時間くらい掛かっちゃったんだよなぁ~」
……などと言って、笑います。
「改札出て、左に行っちゃったのがいけなかったんだろ?」
そうですね。
「あそこに、交番あるだろ?」
ちゃんと分かってるじゃないですか。
「それからどんどん歩いてたら、魚屋が出てきてさぁ」
ここ、以前より利用している魚屋さんです。
「……で、そこから真っ直ぐ来れば良かったんだよなぁ」
仰る通り、その魚屋沿いの道を真っ直ぐ来れば、
角を2回曲がるだけで自宅が見えてきた筈なんですけどね。
「そこから、中学校の向こうのグランドの方まで行っちゃってさぁ」
は? はぁ? まるっきり方角がおかしくなってるし。
しかもこれ、ものすご~く遠い道のりですよ。
「いつもウォーキングしてたからさ、俺、良く分かってるだろ?」
……てか、良く分かってないから迷子になってるんでしょうが。
母は生前、出不精の父を半ば強引に連れ出し、
ウォーキングで足腰鍛えるよう促していたんですよね。
『歩けなくなったらお終いだよ。子供に迷惑掛けたくないでしょ!』
そう言って、母はいつも父に発破をかけていましたね。
「あそこのグランドとかいつも一緒に歩いてたもん。
それにしても、よく歩かされたよなぁ」
それだけ通ってて、なぜ真っ直ぐ帰って来られない?
「あそこからが……。また間違っちゃったんだよな~」
その大きなグランドからは、方向さえ間違えなければ
これまた角を1回曲るだけで自宅に辿り着くことができます。
「向かってきた方向は、これ、合ってるだろ?」
うんうん、間違ってはいませんね。
「でもさ、あれ、行き過ぎちゃったってことだよな?」
うんうん、そういうことですね。
聞いたところ、向かった方角に間違いはなかったんですよね。
ただ、ほんの少し、ほんの少しだけ惜しかった。
あぁ、そこで左に曲れば良かったんじゃない?
ほら、そこでちょっぴり行き過ぎてるじゃん。
そこでほんのちょっと戻らなきゃ……みたいな感じで。
まるで懲りていないのか、
父は誇らしげな表情で更に続けます。
「ほら、あの飯屋があったからさ、分かったんだ」
飯屋?
父の言うその食堂は……、
私たちがその街に越してきた数十年前には既にその場所に建ち、
街外れで人なんか来ないんじゃない?
なんて噂する私たちの評価を他所に営業を続け、
果たして今でも暖簾を提げているのかどうかは分かりませんが、
今でも変わらずその場所に建ち、
父に「今居る場所」を教え、父を自宅へと導いたのでした。
「俺の記憶力は確かだもん。
あの店、ずっと前からあったもんな?」
いやいや、記憶力が怪しいからこういう事になってるんでしょうが。
高齢になると、やはり昔の記憶がものを言うのでしょうか。
その古びた食堂が父の視界に飛び込んで来なければ、
父は恐らく何方かのお世話になっていたか、
或いは「行方不明者リスト」に名を列ねることに
なっていたやもしれません。
父の話に耳を傾けていると、
え? そこまで分かっていたのに?
そんな些細な変化にも気付いていたのに?
……と、迷子騒動自体に疑問を感じることも多いです。
いったいなぜそこで迷う?……というのが、
今のところ迷うことのない私には理解の及ばないところなんですよね。
この3時間にも及ぶ大冒険を、
父は高座にでも上がったかのように如何にも調子よく
カラカラ笑い声を立てながら話して聞かせてくれるのですが、
調子を合わせてウンウン頷く私の脳内には
「認知症」の文字が浮かんでは消え、
乾いた笑い声を飛ばす口の中はすっかり渇き切ったままに、
脱力する身体を引き摺るように家路に着いたことを、
今でも時たま思い出してしまうのです。
その後の父が余所行きを羽織る機会と言えば、
家族揃っての墓参りか、姉が連れ添っての美術鑑賞かという程度で、
独り駅に降り立つという危険を冒すこともなくなっていたので、
「あそこで左に曲がりさえすれば」
……なんてことを悔やむ必要もないままに今日を迎えている訳で。
高齢者が帰宅できなくなる事例、
決して他人事などではありません。
本当に「いつもの通り」「いつもの風景」の中でそれは起こり得るもので、
まさかうちの家族が……という油断は禁物なんですよね。
ニュースで言われるように、GPS技術も勿論有効でしょう。
でもその前に、
行方不明者情報を警察や自治体で共有できるように、
なにせ老若男女これだけネットで繋がっている時代ですからね、
是非ともお願いしたいものですよね。
突如行方知れずになった親御さんを何年も探し続けている方や、
帰りの道も分からず見知らぬ土地で家族の迎えを待ち続けるお年寄りが、
一日も早く元の生活に戻れるよう祈らずにはいられません。
ワンコには帰巣本能があると言いますが……。

おいらのうちは……、

どっちだっけ?
いざという時、この子は帰って来られるだろうか……。
帰巣本能とは関係ないですけどね。
たもちゃ~ん、そこで何やってんのぉ~?

あ!

モジモジしてる。
前足丸まってるから分かるんですよ。

真剣な横顔。

真剣過ぎる横顔。

布団の隙間からスナギモ……。
だから、止めろってーっ!
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