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キルビルじゃあないけれど

    電子音が、苦手です。

 プルッ。プルルルル。トゥルルルル。

      そんな音のことです。

  なんとなく想像がつく方もいるかと思いますが……。

    苦手なのは、電話の呼び鈴の音です。

電話の呼び鈴、これ正確には電子音ではないそうなのですが、

 つけっ放しのテレビの中から不意に襲いくるその手の音は、

   小心者の私の心臓をいつも深く抉ります。


  なぜその手の音が苦手なのか……。

   理由は、実家の父です。

 静か過ぎるこの部屋に電話の呼び鈴が鳴り響く度、

  急激に溢れ出した胃酸は私の胃壁を溶かし、

   激しく打ち始めた胸の鼓動は

 受話器の向こうの父の耳にも届かんばかりに勢いを増します。
 
    父からの電話は黒い予兆。

 電話を掛けて寄越すということは一杯飲んでいる証。

   飲んでいる時の父は、ロクデナシです。

  どれだけロクデナシなのかは、

    これ、書き切れないので割愛します。
  

  結婚を機に家を出た私と父とを繋ぐもの、

    それは家の固定電話のみでした。

 子離れのできない親の元を離れ7年以上、

    それでも父が自ら受話器を取り

私のところへ連絡を寄越すことはありませんでした。

   そこは娘の住まう家、

 ですがそれ以上に、そこは娘の夫君の領域であるという意識が、

    昔気質の父の中では強かったからなのでしょう。

携帯電話を器用に操り娘と他愛もないやり取りを繰り返す

          母に羨望の眼差しを送りながら、

 昔人間の父が自らもその文明の利器に挑もうとすることはありませんでした。

そんな父が意を決し受話器を手にするようになったのは、

    母が病に臥せってから。

  「病院で(病状を)何て言われてきた?」とか、

「『じっとしてろ』と言ってるのに(母が)言うことを聞かない」とか。

 そんな電話も、告げられた余命を全うせずに母が逝ってしまうと、

    その後暫くは鳴りを潜めていた訳ですが……。


   新聞を繰り庭を眺めて過ごすだけでは、

    寂しがりの父にはその一日も長過ぎるようで、

暫くすると、意味もなく私のところへ電話を掛けて寄越すようになりました。

 そして、そんな電話を寄越すのは決まって夕刻から夜8時までの間。

    一杯飲んで気が大きくなっていることと、

      もう一つの理由は、

 その時間であれば夫が不在と容易く想像ができたからです。

    婚家を煩わせることは娘の為にならない、

  娘を持つ多くの父親がそうであるように、

   父もまたそういった部分の感性は繊細でした。


   ……ですが、父のその繊細さも、

 やがて、老いが蝕んでいくようになりました。



  朝7時、例の電子音が鳴り響きます。

私「あのさ、朝……なんですけど」

  (本当は「朝っぱらからなにさ」と言いたい)

父「へ? 朝だろ?」

  (「もう朝だし、なにか不服でも?」って気持ちがアリアリ)

私「朝ですけどね。まだ寝てましたっ!」

  (起きてもいい時間だけどさ、今日はそんな気分じゃない訳よ)

父「寝てたぁ? へぇえぇーっ!?」

  (相手を苛立たせるに充分な大袈裟過ぎる反応)

  結局のところ、たいした用などないんです。

父「今度いつ来るぅ?」

私「あー、明日行くよ」
 
父「そう?(嬉) じゃあね」

  (……って、それだけかよ!)


 夜中の3時に呼び鈴で叩き起こされた時には、

  怒り狂う気力も出ませんでしたね。

私「夜中だよ」

父「へぇ?」

私「夜だよ、夜。真夜中ですっ!」

父「へぇ、昼かと思ったぁ。え? 夜だってぇ?」

私「真夜中です。寝てました」

父「だってぇ、……昼かと思った」

私「……夜だから」

父「はい、ごめんなしゃい」

  (……っつーか、カーテン開けて外見てみろって!)


 もう数週間が過ぎましたが、こんなこともありました。

  遠くに響くはあの電子音。   

 ん? 夢ですか……。あれ? 夢じゃないよね。

  鳴ってる? あぁ、確実に鳴ってるね。

  
    おのれーっ!!!


私「はい(思いっ切り低い声)」

父「おはよ」

私「朝だよ(抑揚のない返し)」

父「朝でしょ」

  (真っ当な時間でしょ?って気持ちがアリアリ)

私「まだ朝だよ」

  (早過ぎるって意味だからっ!)

父「もう6時だぞ」

私「……。今日(そっちに)行くから」

父「へ? 今日来る?」

  (その高揚感、反ってイラつくわ)

私「……切るよ」

父「はいはい」

  (語尾に♪が見え隠れして苛々も募るってもんよ)


  遅れて起床した夫に、つい提案しました。

私「もうさ、『(固定)電話壊れちゃった』って言おうか」

夫「そんなぁ、言わなくていいよ」

私「今まで言ったことなかったけど……。

    こっちから『切るよ』って言っちゃったよ」

夫「もしかして、それが

   『キルユー(KILL YOU!)』って聞こえたんじゃない?」


            ! ! !


私「そう聞こえたんなら、それはそれでいいよ。

   ……てか、その意味分かってくれたんなら、

     寧ろ有り難いくらいなんだけど」

夫「そんなこと、言わない言わない」


  寛容な夫はそう言って私を宥めますが、

   胸のうちにどす黒いものが渦巻く私は、

父に「KILL YOU」の意味を叩き込む手立てに頭を巡らせるばかり……。

  
    父からの電話……、

それは、例えようのない劣等感と

  大いなる敗北感で私を打ちのめします。

 たかだか電話、そうたかだか電話のことなのです。

   ……ですが、その電話を掛けて寄越すということは、

  父が酒の誘惑に負け、判断力を鈍らせ、

     今まさに人格すらも豹変させているということ。

 そして、父のその傍若無人な所業は、

  夫の両親が決して見せることのない振る舞いだからなのです。

 私は恐らく、父のことを恥じているのでしょう。

    そして、父親のことを恥じ入る私は親不孝者です。




   14-02-06_1221.jpg


    実家の紅梅が咲きました。2月6日の撮影です。




    いよいよ「傘寿」の誕生日を迎えた父。

  常に自信に満ちていた父にも、

   老いは確実に忍び寄るものですね。

  このところの父の様子を見るにつけ、

   「電話機が壊れたから」とも、

 「変な時間に電話しないで」とも、

   無論「キルユー」などという雑言も、

  最早意味を持たない台詞なのだと感じます。

   今はただ、電子音に鈍感な心臓を持つことと、

 「キルユー」などと口を滑らせないことを肝に銘じ、

 時の過ぎるのを見送るより外ないのだと感じています。

   本当は、

「バッチコーイ!」って気持ちを持てればいいんですけどね。




    14-02-07_852.jpg


             2月7日の河津桜。



     先週末の吹雪にも負けず、


   14-02-11_1710.jpg


         一つ、また一つと開いています。



   

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プロフィール

たもこ

Author:たもこ
生後2ヵ月で我が家にやってきた柴犬たもつ。
日々進化を続けるたもつと彼に翻弄される犬素人夫婦の日常を綴ります。
旧名たもつ先生です。
たもつ ♂ 
2007年10月19日生まれ

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