俺にはもう無理
「もうさぁ、俺にはそんな体力ないんだよ」
そう嘆くのは、実家の父です。
歳取ったんだねぇ、気の毒に……、
なんて一緒に心を痛める必要などありません。
なくなったことを嘆くのは、
ちゃぶ台引っくり返す為に必要な体力、いや腕力か。
ちゃぶ台引っくり返すって……、
ごくごく普通の家庭に育っていたら
目の当たりにすることもない荒んだ光景ですよね。

↑ そうそう、こういうの。
ちゃぶ台を引っくり返すという漫画の世界の出来事、
これ、私の実家では日常的に繰り広げられた光景なんですよね。
あ、↑ の星家のちゃぶ台、
これ、比較的軽量なもののように見受けられますが、
実家のちゃぶ台は違います。
(父曰く)高級木材を使用した重量感のあるちゃぶ台で、
二人掛かりでも移動に難儀なほどの代物なんです。
そのちゃぶ台を、
癇癪を起こしては引っくり返してみせる父に、
家族はいつも翻弄されていましたね。
始まるのはいつも母の手料理が並んだその後で、
撒き散らされた皿を呆然と眺めながら、
今日晩ご飯なしかぁ、
トンカツだけでも食べておいて良かったぁ、
なんて騒動とは無関係なこと一生懸命心配したりして。
あ、でも騒ぎが治まると、
子供たちの分だけでもと母が何かしら拵えてくれたので、
空腹に耐えながら寝床につくということはありませんでしたが。
とにかく、事あるごとに父がちゃぶ台を引っくり返すお陰で、
居間の襖には醤油の染みが走り、
炬燵掛けからは煮詰まった味噌汁のような匂いが立ち上っていましたね。
癇癪を起こす理由は、実に些細なものでした。
くだらな過ぎて、とてもじゃないけど網羅なんかできません。
正義感の強い姉とは、父はよくぶつかっていましたね。
支離滅裂な自論を繰り広げた挙句、
冷静な姉から至極真っ当な意見で切り返されると、
父は益々手の付けられないような状態に……。
雷鳴がとどろき暴風雨に打たれながら私は、
善悪なんか正誤なんかどうでもいい、
ただ、なあなあで事が過ぎるのを祈りながら、
身を屈めちゃぶ台の片隅を夢中で押さえ続けるのです。
理不尽なことに慣らされた私は、
いつしか平気で嘘を吐く泣き真似の得意な
嫌な子供になっていましたね。
先週実家を訪ねた折も、
「この前も頭に来ちゃってさぁ。
お膳引っくり返してやろうと思ったんだけど、
俺ももうそんな体力残ってないんだよなぁ」
なんて、弱々しく苦笑いを浮かべてみせる父。
……つーか、引っくり返す必要とかないし。
見ると、
ちゃぶ台が少しだけいつもの場所より動いているんです。
「あのさ、おバカさんなの?
お膳引っくり返す必要なんかないでしょ」
「だってぇ、頭に来ちゃうんだもの」
「頭に来ることなんか何もないじゃん」
よくそんな簡単に激高できるよ、
単細胞なんだろうな……なんて、
勿論口にしませんよ、父の前では。
彼自身嘆くように、
実際父の体力はここへ来て急激に衰えを見せ始めているんですよね。
以前は酔いに足を取られて転倒することなどありましたが、
今は素面でもその足取りの危うさを否めませんから。
ちゃぶ台引っくり返す腕力の衰えより、
足腰の衰えを心配した方がいいよ、まったく。
そんな父も、最近は妙にしおらしい態度など取るようになりまして。
「『老いては子に従え』って言うもんな」
などとこちらが耳を疑うような台詞まで吐くように。
従う必要なんかないよ、
いつまで経ったって親は親だからさ。
ただ、ちゃぶ台引っくり返すのはいい加減卒業した方がいいかもね。


子供が安心して眠れるように、
世のお父さま方、
ちゃぶ台引っくり返すなどという蛮行は、
どうかお控えくださいますよう……
そう嘆くのは、実家の父です。
歳取ったんだねぇ、気の毒に……、
なんて一緒に心を痛める必要などありません。
なくなったことを嘆くのは、
ちゃぶ台引っくり返す為に必要な体力、いや腕力か。
ちゃぶ台引っくり返すって……、
ごくごく普通の家庭に育っていたら
目の当たりにすることもない荒んだ光景ですよね。

↑ そうそう、こういうの。
ちゃぶ台を引っくり返すという漫画の世界の出来事、
これ、私の実家では日常的に繰り広げられた光景なんですよね。
あ、↑ の星家のちゃぶ台、
これ、比較的軽量なもののように見受けられますが、
実家のちゃぶ台は違います。
(父曰く)高級木材を使用した重量感のあるちゃぶ台で、
二人掛かりでも移動に難儀なほどの代物なんです。
そのちゃぶ台を、
癇癪を起こしては引っくり返してみせる父に、
家族はいつも翻弄されていましたね。
始まるのはいつも母の手料理が並んだその後で、
撒き散らされた皿を呆然と眺めながら、
今日晩ご飯なしかぁ、
トンカツだけでも食べておいて良かったぁ、
なんて騒動とは無関係なこと一生懸命心配したりして。
あ、でも騒ぎが治まると、
子供たちの分だけでもと母が何かしら拵えてくれたので、
空腹に耐えながら寝床につくということはありませんでしたが。
とにかく、事あるごとに父がちゃぶ台を引っくり返すお陰で、
居間の襖には醤油の染みが走り、
炬燵掛けからは煮詰まった味噌汁のような匂いが立ち上っていましたね。
癇癪を起こす理由は、実に些細なものでした。
くだらな過ぎて、とてもじゃないけど網羅なんかできません。
正義感の強い姉とは、父はよくぶつかっていましたね。
支離滅裂な自論を繰り広げた挙句、
冷静な姉から至極真っ当な意見で切り返されると、
父は益々手の付けられないような状態に……。
雷鳴がとどろき暴風雨に打たれながら私は、
善悪なんか正誤なんかどうでもいい、
ただ、なあなあで事が過ぎるのを祈りながら、
身を屈めちゃぶ台の片隅を夢中で押さえ続けるのです。
理不尽なことに慣らされた私は、
いつしか平気で嘘を吐く泣き真似の得意な
嫌な子供になっていましたね。
先週実家を訪ねた折も、
「この前も頭に来ちゃってさぁ。
お膳引っくり返してやろうと思ったんだけど、
俺ももうそんな体力残ってないんだよなぁ」
なんて、弱々しく苦笑いを浮かべてみせる父。
……つーか、引っくり返す必要とかないし。
見ると、
ちゃぶ台が少しだけいつもの場所より動いているんです。
「あのさ、おバカさんなの?
お膳引っくり返す必要なんかないでしょ」
「だってぇ、頭に来ちゃうんだもの」
「頭に来ることなんか何もないじゃん」
よくそんな簡単に激高できるよ、
単細胞なんだろうな……なんて、
勿論口にしませんよ、父の前では。
彼自身嘆くように、
実際父の体力はここへ来て急激に衰えを見せ始めているんですよね。
以前は酔いに足を取られて転倒することなどありましたが、
今は素面でもその足取りの危うさを否めませんから。
ちゃぶ台引っくり返す腕力の衰えより、
足腰の衰えを心配した方がいいよ、まったく。
そんな父も、最近は妙にしおらしい態度など取るようになりまして。
「『老いては子に従え』って言うもんな」
などとこちらが耳を疑うような台詞まで吐くように。
従う必要なんかないよ、
いつまで経ったって親は親だからさ。
ただ、ちゃぶ台引っくり返すのはいい加減卒業した方がいいかもね。


子供が安心して眠れるように、
世のお父さま方、
ちゃぶ台引っくり返すなどという蛮行は、
どうかお控えくださいますよう……

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