繭男
先週実家を訪ねたときのことです。
着いて早々、
「俺の顔に、何かついてない?」と尋ねる父。
「え? 何もついてないよ~
」と私。
「もぉ! ちゃんと見てよ~
」
(あ。テキトーに返事したのバレテル?
)
「え~、どれどれ」
「ほらぁ、何かついてない? 膜みたいの」
「膜ぅ?」
「顔に膜みたいの張ってない? 薄~い膜みたいの」
「何も見えないけど~
」
「ちゃんと見てよ~。ほら、虫眼鏡で
」
(む、虫眼鏡で!? 面倒くちゃいな、もぉ~
)
「何も見えないよぉ。鼻毛が出てるのは見えるけど
」
「なんで見えないんだよぉ。ほらぁ、薄い膜が張ってるだろ?
」
「じゃあさ、タオルで拭いてみれば?」
(取り敢えず、何も見えませんけどね~
)
「あ! 消えたなぁ」
(へ? 消えたんかい?
)
午前中訪ねたときから父はヘベレケ状態で、
本当に顔に何かが付着しているのか、
はたまた、そのような錯覚に悩まされているだけなのか、
肉親の私にすら推し量ることはできず……。
その後暫く、呂律の回らない父のお喋りに付き合っていましたが、
その『膜』は再び父の顔面に姿を現したようで。
「あ! ほらぁ、まただよぉ。また、膜が張ってきたよぉ
」
「え~、どれどれ」
「ほらぁ、見えない?」
(まったく見えないし
……てか、これってアルコール過剰摂取による妄想ですか?
)
「何も見えないけどね~。タオルで拭いてみる?」
(まったく手が掛かるわ~
)
食卓にあった台拭きなのか汗拭きなのかも分からないタオルを手に取ると、
私は父の顔を少々乱暴にグルグルと撫で回しました。
すると、それまで大袈裟なくらいに騒いでいた父が、
黙ったまま素直に顔を上げているではありませんか。
そんなふうに素直にされるがままになっている父の姿が、
シャンプー後強引に顔を拭われているたもつのそれとなぜか重なり、
私は笑いを噛み殺しながらもなぜか切なくなってしまい……。
「どう? 取れた?」
「うん。なくなったなぁ」
「じゃあ、膜が張ったらタオルで拭けばいいじゃん」
(いつの間にか、『膜』有りきって会話になってる
)
しかしながら、どうもその『膜』は父の目にも見えているわけではないようで。
「感覚がするだけなんだよぉ」ということなのです。
「けどさ、『膜』って何なのさ。自分で『繭』でも作ろうとしてる? 口から糸でも吐いて?」

「じゃあなに。これからサナギになって? 成虫になる……ってか?」
見えざる『膜』と闘う父を横目に、姉と私は大笑い。
繭 : 活動が停止または鈍い活動状態にある動物を包み込んで保護する覆いをいう。
動物から分泌されたもの、または砂利などの体外の物質の覆いを指し、毛のような体の一部の保護器官のことではない。
by ウィキペディア
「けどさ。どうする? 朝起きてみたら虫になってたりして
」
姉も私も連想したのは、カフカの「変身」
ある朝目覚めると巨大な虫になっていた……というあれですね。
「ぎゃあ、怖いんですけど~
」
姉と二人ゲラゲラ笑い転げながら、
姉も私も実は内心複雑だったのだと思います。
父の幻覚? 妄想? 錯覚?
これたぶん、アルコールの影響……ですよねぇ。
……っていうか、完璧アルコール依存症でしょ?
いや、認知症の始まりかもしれないし。
脳の機能障害が父に『繭』(本人は『膜』と言ってるけど)を見させている可能性もありますよね?
それとも、内臓疾患によって本当に顔面を『膜』が覆い始めているとか?
私たち娘の目にも、勿論父の目にも見えない『膜』は、
その後何度となく現れては消え……。
数日後、『繭』の真相について姉にメールしてみました。
「ネットで色々調べてみたんだけど。
『膜が張る』っていう症状が何なのか、分からないんですよね~」
すると、姉からはこんな返信が。
「『繭』のことは飲んだくれてヘロヘロのときにしか言わないです。
その後『繭』はできないようですよ
」
父が『繭』を作ることも、父が『サナギ』になることも、
できることなら食い止めたい。
父が取り敢えず『人』の形でい続けてくれることを願わずにはいられない、
小心者の私です。

着いて早々、
「俺の顔に、何かついてない?」と尋ねる父。
「え? 何もついてないよ~

「もぉ! ちゃんと見てよ~

(あ。テキトーに返事したのバレテル?

「え~、どれどれ」
「ほらぁ、何かついてない? 膜みたいの」
「膜ぅ?」
「顔に膜みたいの張ってない? 薄~い膜みたいの」
「何も見えないけど~

「ちゃんと見てよ~。ほら、虫眼鏡で

(む、虫眼鏡で!? 面倒くちゃいな、もぉ~

「何も見えないよぉ。鼻毛が出てるのは見えるけど

「なんで見えないんだよぉ。ほらぁ、薄い膜が張ってるだろ?

「じゃあさ、タオルで拭いてみれば?」
(取り敢えず、何も見えませんけどね~

「あ! 消えたなぁ」
(へ? 消えたんかい?

午前中訪ねたときから父はヘベレケ状態で、
本当に顔に何かが付着しているのか、
はたまた、そのような錯覚に悩まされているだけなのか、
肉親の私にすら推し量ることはできず……。
その後暫く、呂律の回らない父のお喋りに付き合っていましたが、
その『膜』は再び父の顔面に姿を現したようで。
「あ! ほらぁ、まただよぉ。また、膜が張ってきたよぉ

「え~、どれどれ」
「ほらぁ、見えない?」
(まったく見えないし

……てか、これってアルコール過剰摂取による妄想ですか?

「何も見えないけどね~。タオルで拭いてみる?」
(まったく手が掛かるわ~

食卓にあった台拭きなのか汗拭きなのかも分からないタオルを手に取ると、
私は父の顔を少々乱暴にグルグルと撫で回しました。
すると、それまで大袈裟なくらいに騒いでいた父が、
黙ったまま素直に顔を上げているではありませんか。
そんなふうに素直にされるがままになっている父の姿が、
シャンプー後強引に顔を拭われているたもつのそれとなぜか重なり、
私は笑いを噛み殺しながらもなぜか切なくなってしまい……。
「どう? 取れた?」
「うん。なくなったなぁ」
「じゃあ、膜が張ったらタオルで拭けばいいじゃん」
(いつの間にか、『膜』有りきって会話になってる

しかしながら、どうもその『膜』は父の目にも見えているわけではないようで。
「感覚がするだけなんだよぉ」ということなのです。
「けどさ、『膜』って何なのさ。自分で『繭』でも作ろうとしてる? 口から糸でも吐いて?」

「じゃあなに。これからサナギになって? 成虫になる……ってか?」
見えざる『膜』と闘う父を横目に、姉と私は大笑い。
繭 : 活動が停止または鈍い活動状態にある動物を包み込んで保護する覆いをいう。
動物から分泌されたもの、または砂利などの体外の物質の覆いを指し、毛のような体の一部の保護器官のことではない。
by ウィキペディア
「けどさ。どうする? 朝起きてみたら虫になってたりして

姉も私も連想したのは、カフカの「変身」
ある朝目覚めると巨大な虫になっていた……というあれですね。
「ぎゃあ、怖いんですけど~

姉と二人ゲラゲラ笑い転げながら、
姉も私も実は内心複雑だったのだと思います。
父の幻覚? 妄想? 錯覚?
これたぶん、アルコールの影響……ですよねぇ。
……っていうか、完璧アルコール依存症でしょ?
いや、認知症の始まりかもしれないし。
脳の機能障害が父に『繭』(本人は『膜』と言ってるけど)を見させている可能性もありますよね?
それとも、内臓疾患によって本当に顔面を『膜』が覆い始めているとか?
私たち娘の目にも、勿論父の目にも見えない『膜』は、
その後何度となく現れては消え……。
数日後、『繭』の真相について姉にメールしてみました。
「ネットで色々調べてみたんだけど。
『膜が張る』っていう症状が何なのか、分からないんですよね~」
すると、姉からはこんな返信が。
「『繭』のことは飲んだくれてヘロヘロのときにしか言わないです。
その後『繭』はできないようですよ

父が『繭』を作ることも、父が『サナギ』になることも、
できることなら食い止めたい。
父が取り敢えず『人』の形でい続けてくれることを願わずにはいられない、
小心者の私です。

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