折鶴は誰の為

ん? なんだ


「サンタです

どうして、突然折り紙なんか取り出したかといいますと……。
近所のお宅の玄関先に飾られたクリスマスリースから、
折り紙で折られたサンタさんが顔を覗かせていたからです。
久しぶりに折り紙を目にした私は、
一年前の冬、クリスマスを間近に控えたある日のことを思い出していました。
その日実家に帰った私は、
居間に置いてあったデパートの紙袋の中に、
折り紙で折られた数羽の鶴を見付けました。
「何これ? どうしたの?」
母に尋ねると、鶴を折っているのだと言います。
「なんで、鶴なんか折ってるの?」
「癌センターのロビーのところにクリスマスツリーがあったでしょ? あそこに千羽鶴が掛かってたの。それでお父さんと『私たちも、折って持って行ってあげよう、鶴』って……」
母が何を言っているのか、私には俄かに理解することができませんでした。
市立病院で病気の告知を受け、自ら選択した癌専門のその病院への通院を母が始めたばかりの頃のことでした。
「癌センターなのに、中学生くらいの若い子もいるんだよ。可哀相だよね」
訊くと……、
少しでもたくさんの人が治るといい、みんなの願いが叶うといいのだと、
母は言います。
そんな……、他人の心配してる場合じゃないでしょ。
つい口を突いて出そうな言葉を、私は思わず呑み込みました。
「『千羽鶴』って言うけど、あれ、本当に千羽もいるのかな。うちでも鶴折ってね、病院行くときに持って行ってあげようかって。お父さんもね、折り紙渡すと黙って折ってたりするのよ」
そう言うと、母は思い出し笑いでもするようにほくそ笑み、
それから折り紙を一枚私に手渡しました。
「一緒に折る?」
「鶴の折り方なんか、覚えてるかな?」
「えっ? 鶴も折れないの?」
呆れ顔で鶴を折り始めた母の隣で、私はなぜか鶴とはかけ離れた物を作り始めていました。
「ほら、やっこさん。やっこさんなら、ちゃんと覚えてたよ」
母から初めて教えてもらった“やっこさん”の折り方は、鶴の折り方よりも鮮明に私の記憶の中に残っていたからでした。
「もお、相変わらず不器用だね~」
そう言って嘆く母の折鶴も折り目の端々が不器用に捻じれており、
母の体調が決して芳しくないことを思わせました。
抗がん剤治療の開始を翌週に控えていた日のことだったと記憶しています。
そうでなくても酒を断つことのできない父が、
ある日突然妻の余命を知ることとなり、
このところ一層酒量が増えたと聞いていた私は……、
日中コタツを挟んで母と向かい合い、
黙々と鶴を折っている父の姿が目に浮かび、
可笑しいやら哀しいやらで、
上気した頬を隠しもせず足早に実家を後にしたのです。
今でも呆れるほど鮮明に残っているその記憶は、
苦痛を除去しようとする私を今でも時折悩ませます。
「癌センターって、癌の人しか来ないんだよね? あんなに小さい子でも癌になるんだよ、気の毒だよね。鶴、たくさん折って持って行くから、あなたも手伝ってね」
自らも病魔に侵されていた母は、いったい誰の為を思い、鶴を折っていたのでしょうか。
その後私は毎週実家を訪れましたが、
千羽鶴は一向に千羽に近付く気配を見せず……。
次第に体力を消耗していった母が、
その後折り紙を手にすることは二度とありませんでした。
千羽の鶴でいっぱいになる筈だった大きな紙袋は虚空を残し、
その中には母が最後に手にしていたであろう未完成の鶴が一羽、
羽ばたきの姿を見せることもなく底に沈んでおりました。
あの時母が鶴を折ったのは、
病気で苦しむ誰かの為だったのか、
それとも自らの祈りの為だったのか、
知る由もありません。
それでも、誰かの為を思って鶴を折れるような人間に私もなりたいと、そう願わずにはいられないのです。

今日は、寒さがぐっと身に沁みる一日でした


毛皮に覆われている筈のたもつさん、グルグル巻き状態でお昼寝中

「温かいのかな、よく寝るね~


ん?
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