おにぎりぐらいじゃないけれど

「たもつくん、大きくなったよねぇ」
朝の散歩で度々お会いしていたMさんは、たもつを見ては目を細め更にこう続けます。
「最初は、こ~んなに小さかったもんねぇ」
「あはは

「ね? こんな、だったよねぇ?」
そう例えて笑うMさんの仕草は、まるでおにぎり

「あ、あはは。でも、こんなに大きくなっちゃって。それに、結構生意気になりました」
たもつさん、以前はMさんの姿と見るやスイッチが入り、すっ飛んで追い掛けていたものです。
それがこのところのたもつさんと言えば……。
無邪気さの出し惜しみだけならいざ知らず、あろう事か無関心まで装う始末。
「たもつくんも、大人になったんだよねぇ」
優しいMさんはそう言って笑い、その心地の良さに目を閉じるたもつさんの背を飽きることなく撫で続けています。
これこれ、もう少し愛想を振り撒いても良いのでは、たもつさん?
おにぎり

2007年10月19日生まれのたもつさん。
その年の12月21日、私たち夫婦は幼いたもつを我が家に迎えたのです。
快晴のその日、小さな彼を迎える為のキャリーバッグを携え、私たちはブリーダーH氏の元を訪れました。
不慣れな私たちの為、H氏は事細かに飼育のアドバイスをくださいました。
慣れたものの方が良いだろうと、たもつが既に与えられていたフードも分けてくださり、いよいよ出発の運びとなった時です。
「それじゃあ、何に入れて帰りますか?」
「あの、一応バッグを持ってきたのですが……」
「あぁ、結構大きいね」
ケージとして使用するつもりの巨大キャリーバッグを目にすると、H氏は私たちを残し奥へと消えました。
そして、再び現れたH氏が手にしていたのは、それは驚くほど小さな紙の箱でした。

え? こんな小さな箱に収まってしまうのですか?
21cm X 36cm X 24cm
メロンでも持ち帰るようなその箱に、小さなたもつさんはすっぽりと収められました。
それでも、箱を手渡された時のずっしりとしたその重みは、今でもこの手が記憶しているような気がします。
「甘やかしちゃダメだよ。厳しく、厳しくね」
「はい」
そう答えてはみたものの、その時の私たちはまだ「厳しくする」ことの本当の意味を分かっていなかったのかもしれません。
その後たもつが成長するにつれ、H氏が繰り返した「厳しくね」の意味を痛いほど思い知らされることになるからです。
ともあれ、たもつが入れられた小箱を助手席の足元へ置くと、私たちは家路を急ぎました。
「犬は、車に酔ったりしないのかな?」
「どうだろう?」
「全然、鳴いたりしないんだね」
「大丈夫、かな? あれ? 息、してる?」
空気穴に指先をそっと当てると、彼はその湿った鼻先を突出しそこに人の温もりがあることを確認します。
「わぁ、湿っぽい」
犬の鼻先が湿っていることを、その日初めて私は知りました。
そして私は、その後も空気穴に指先を押し当てては、自身の匂いをたもつの嗅覚に訴え続けました。
赤信号で停車した車内に静けさが訪れると、足元からは何かを擦るような微かな音が響いてきます。
カサカサ、カサカサ。
慣れない音と匂いに落ち着かないのか、小さな箱の中でたもつが外の様子を窺っているようでした。
柴犬の匂いの充満したあの犬舎を離れ、生後二ヶ月のたもつさん、一体どんな思いで運ばれてきたのでしょう。
「厳しく、厳しくね」
初めて彼を迎えた晩、私たちはH氏の教えに則り、たもつを入れたキャリーバッグを寝室とは別の部屋に移しました。
部屋の明かりを落として間もなくのことです。
くぅ~、くぅ~。
母犬を求めて鳴いていたのでしょうか?
たもつを迎えて初めて耳にした、それはなんとも頼りなく不安げな彼の鳴き声でした。
「聞こえないふり、聞こえないふり」
「そうだよね。『厳しく』って言われたもんね」
くぅ~、くぅ~。
くぅ~、くぅ~、くぅ~、くぅ~。
「どうしようか?」
私たちは結局、たもつを入れたキャリーバッグを寝室へと運び入れることにしました。
「たもつ」
「たもちゃん」
それが自身に付けられた名であることなど、連れてこられたばかりの彼が知る筈もありません。
それでも、懸命に呼び掛ける私たちの声に安堵したのか、たもつはいつしか小さな寝息を立て始めていました。
そして私たちもまた、たもつの寝息に聞き入る暇もなく、揃って深い眠りに落ちたのでした。
生後二ヶ月のたもつさん

まあ、片手で抱けるくらい……という感じでしょうか


必死でテーブルにしがみ付くたもつさん


今ではここまで届くようになりました


おやっ


何か匂いますぞ、クンクン

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