犬、触ることはできます、一応
動物と触れ合うのが、実のところあまり得意ではありませんでした。
「犬? 好きですよ。でも、触った後はすぐに手を洗わなくちゃ」
「そりゃ勿論、可愛いとは思いますよ」
「でもね……。舐められた指先には微妙な匂いを含んだ湿気が纏わりつくし、撫でた掌に残った獣臭さは石鹸で洗い流さなくちゃ取れないでしょ」
幼い頃私が暮らした東京郊外の街では、庭先で犬を飼う家庭が大変多かったのを覚えています。
近所に暮らす親戚の家でも、一軒ではスピッツを、もう一軒ではミックス(当時で言うところの雑種ですね)を飼っていました。
そのスピッツは、それこそ真綿を思わせる純白の毛に覆われ、フワフワとした塊が跳ねるその様は子供心を高揚させるに充分でした。
私たち姉妹はその親戚を訪ねては、スピッツに触れる機会を窺っていたものです。
それでも、スピッツと触れ合う機会が私たちに与えられることはまずなかったように思います。
そのスピッツは、驚くほどよく吠える犬だったのです。
その後改良を重ね、今でこそ大人しい犬になりましたが、当時スピッツと言えば吠える犬の代名詞。吠えないスピッツはスピッツにあらず、そう言い表される程、彼らはよく吠えました。
「ほら、早く入っちゃいな」
スピッツの吠え声にたじろぎその場に立ち竦む子供たちの姿に気付いた伯母は、慌てた様子で私たち姉妹を呼び寄せます。
「グズグズしてないで。ほら、上がっちゃって」
いつまでも吠えさせておくと近所迷惑だから。
それが、玄関脇で警戒の声を上げるスピッツから訪問者を遠ざける最大の理由でした。
そんなこともあり、耳障りなほど甲高い声で叫ぶスピッツに私たちが触れる機会はそうは訪れなかったのです。
もう一方の家で飼われていた雑種の子は、スピッツとは実に対照的な犬でした。
恐らく日本犬を親に持っていたのではないかと思われる彼女は、柴犬より一回り大きく、唐茶色の毛にその身を覆われておりました。
その犬もやはり玄関脇の犬小屋で飼われていましたが、先述のスピッツと大きく異なったのは、あまり鳴き声をあげなかったことでした。
日中犬小屋から出ては庭土の上に身体を横たえていたその犬からは、いつもうっすらと土埃の匂いがしていたことを今も覚えています。
入り口が数ヵ所あるその家を訪ねるのに、私たちは必ずしも玄関脇を通る必要はありませんでした。
それでも決まって、私たち姉妹は玄関脇の犬小屋の様子を窺いに行ったものです。
訪問者の騒々しい足音に薄目を開けると、彼女は半ば気怠そうにその身体を起こします。
そして身繕いするようにブルブルと身体を振るわせると、彼女はゆっくり私たちに歩み寄ってくるのです。
ご機嫌伺いにくるのは、いつも決まって姉の方からでした。
動物も相手を見るとよく言います。
二歳上の私の姉は、生まれながらに動物に好かれる体質のようでした。
彼女が近付くと、大概の犬はその尾を振り、撫でようと近付く彼女の手を抵抗無く受け入れます。
そして、彼女に倣って伸ばしたその手を拒絶され、幼いながらも私は深く傷つくことになるのです。
今考えると、その犬は相当に辛抱強い犬だったのでしょう。
ぶっきらぼうに乗せられたその手を拒むこともなく、その犬は私のぎこちない愛撫を黙って受け入れました。
それでも、身を硬くして愛撫が済むのを待つその姿に、私は小さな傷が疼くのを覚えずにはいられませんでした。
ほんの数年前、かのスピッツの話を姉とした時のことです。
「もの凄くよく吠える犬だったよね?」
「そうだったっけ?」
「だって、本当は少し怖かったもん。撫でようとすると、ワンワン吠えて触れなかったじゃない?」
「そう? 私、あんまり吠えられた記憶ないけど……」
私が言葉に詰まってしまったのは言うまでもありません……。
動物に触れる度、その匂いを消そうと手を洗いに走っていた私。
そんな私も、今ではたもつさんのウ○チを素手で触ることができるまでに
だって、こんなにまで頼りない命



私たちが守らずに誰が守るというのでしょう。
おいらのご飯、ま~だ~?

「あ
はい、ただいま
」
「犬? 好きですよ。でも、触った後はすぐに手を洗わなくちゃ」
「そりゃ勿論、可愛いとは思いますよ」
「でもね……。舐められた指先には微妙な匂いを含んだ湿気が纏わりつくし、撫でた掌に残った獣臭さは石鹸で洗い流さなくちゃ取れないでしょ」
幼い頃私が暮らした東京郊外の街では、庭先で犬を飼う家庭が大変多かったのを覚えています。
近所に暮らす親戚の家でも、一軒ではスピッツを、もう一軒ではミックス(当時で言うところの雑種ですね)を飼っていました。
そのスピッツは、それこそ真綿を思わせる純白の毛に覆われ、フワフワとした塊が跳ねるその様は子供心を高揚させるに充分でした。
私たち姉妹はその親戚を訪ねては、スピッツに触れる機会を窺っていたものです。
それでも、スピッツと触れ合う機会が私たちに与えられることはまずなかったように思います。
そのスピッツは、驚くほどよく吠える犬だったのです。
その後改良を重ね、今でこそ大人しい犬になりましたが、当時スピッツと言えば吠える犬の代名詞。吠えないスピッツはスピッツにあらず、そう言い表される程、彼らはよく吠えました。
「ほら、早く入っちゃいな」
スピッツの吠え声にたじろぎその場に立ち竦む子供たちの姿に気付いた伯母は、慌てた様子で私たち姉妹を呼び寄せます。
「グズグズしてないで。ほら、上がっちゃって」
いつまでも吠えさせておくと近所迷惑だから。
それが、玄関脇で警戒の声を上げるスピッツから訪問者を遠ざける最大の理由でした。
そんなこともあり、耳障りなほど甲高い声で叫ぶスピッツに私たちが触れる機会はそうは訪れなかったのです。
もう一方の家で飼われていた雑種の子は、スピッツとは実に対照的な犬でした。
恐らく日本犬を親に持っていたのではないかと思われる彼女は、柴犬より一回り大きく、唐茶色の毛にその身を覆われておりました。
その犬もやはり玄関脇の犬小屋で飼われていましたが、先述のスピッツと大きく異なったのは、あまり鳴き声をあげなかったことでした。
日中犬小屋から出ては庭土の上に身体を横たえていたその犬からは、いつもうっすらと土埃の匂いがしていたことを今も覚えています。
入り口が数ヵ所あるその家を訪ねるのに、私たちは必ずしも玄関脇を通る必要はありませんでした。
それでも決まって、私たち姉妹は玄関脇の犬小屋の様子を窺いに行ったものです。
訪問者の騒々しい足音に薄目を開けると、彼女は半ば気怠そうにその身体を起こします。
そして身繕いするようにブルブルと身体を振るわせると、彼女はゆっくり私たちに歩み寄ってくるのです。
ご機嫌伺いにくるのは、いつも決まって姉の方からでした。
動物も相手を見るとよく言います。
二歳上の私の姉は、生まれながらに動物に好かれる体質のようでした。
彼女が近付くと、大概の犬はその尾を振り、撫でようと近付く彼女の手を抵抗無く受け入れます。
そして、彼女に倣って伸ばしたその手を拒絶され、幼いながらも私は深く傷つくことになるのです。
今考えると、その犬は相当に辛抱強い犬だったのでしょう。
ぶっきらぼうに乗せられたその手を拒むこともなく、その犬は私のぎこちない愛撫を黙って受け入れました。
それでも、身を硬くして愛撫が済むのを待つその姿に、私は小さな傷が疼くのを覚えずにはいられませんでした。
ほんの数年前、かのスピッツの話を姉とした時のことです。
「もの凄くよく吠える犬だったよね?」
「そうだったっけ?」
「だって、本当は少し怖かったもん。撫でようとすると、ワンワン吠えて触れなかったじゃない?」
「そう? 私、あんまり吠えられた記憶ないけど……」
私が言葉に詰まってしまったのは言うまでもありません……。
動物に触れる度、その匂いを消そうと手を洗いに走っていた私。
そんな私も、今ではたもつさんのウ○チを素手で触ることができるまでに

だって、こんなにまで頼りない命



私たちが守らずに誰が守るというのでしょう。
おいらのご飯、ま~だ~?

「あ


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