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平屋の娘


    子供の頃、平屋に住んでいました。

   私たちが暮らしたその家は、

     大工だった父が建てたものです。

 幼少期を過ごした狭小な土地には程よく見えたその家も、

  その後、私が七歳のとき移り住んだ少々広めの今の場所には

   なぜか不釣合いに見えたことを覚えています。

  広すぎる庭の最も奥まった場所に建つその家は、

    父が次々に植えた木々に覆われ、 

 俗世から離れ身を隠す人の住まう家屋のようでもありました。

   一時は竹藪に覆われていたこともあり、

近隣の子供は寄り付くのを恐れるほどの様相でもありましたね。


   当時、近隣に建ち並ぶ家々は二階建てが主流で、

 私たちの暮らすその家はやけにちっぽけで奇異なものに、

     小学生の私の目には映りました。

子供たちには一人一部屋を与えられるのが前衛的な家庭であり、

     六畳ひと間を姉と共有する私は、

世の子供たちに後れを取っていると感じずにはいられませんでしたね。


   それは、同級生の家に遊びに行った時のことです。

  その子の住まいは県営住宅の四階にありました。

    初めて上る団地の階段と、

   初めて目の当たりにした重厚な玄関扉と、

 何より、首からぶら提げた鍵で手品のように玄関を開けてみせた彼が

       子供の目にはやけに眩しく、

   その瞬間のこと、ガチャガチャ言った開錠の音は、

    今でもはっきりと脳裏に焼き付いているんですよね。


  新鮮な体験を一刻も早く母に披露したい私は、

     帰宅するなりこう叫びました。

  
   「おかーさん。私、鍵っ子なりたい」


   母は、仰天したでしょうね。

  いや、はっきりとは覚えていないんです、母の反応。

   ただ、こんな会話を交わしたことは覚えています。


母「どうして鍵っ子になりたいの?」

私「だってカッコイイもん。スズキくん、鍵っ子なんだよ。

   自分で家の鍵開けるんだよ。いいなぁ」

母「どうして……、それがいいの?」

私「だって、自分専用の鍵持ってるんだよ」


   鍵なんて大切なもの持たされてるスズキくんは、

      親から絶対の信頼を得ているに違いない。

     鍵なんて大切なもの持たされてるスズキくんは、

       とっても大人なのだ。


母「だって、うちはいつもお母さんがいるもの。

    ○○(←私のこと)が鍵を持つ必要ないもの」

   母は、所謂専業主婦でした。

  所要で家を空けることがあっても、

 子供たちの帰宅時には必ず家で待っていてくれたんですよね。

私「だけど~。私も自分の鍵で自分で開けて入りたい。

    私も、鍵持っていいでしょ?」

母「え~」


 その晩恐らく、大人たちの間で話し合いが持たれたのだと思います。

    結局、私は鍵っ子になることはできませんでした。


   ……で、更なる波紋を呼んだのは、

     私のもう一つの宣言の方です。


     「おかーさん。私、団地に住みたーい」


母「!? どうして、団地に住みたいの?」

私「だって、玄関のドアとかカッコイイから」

   実家の玄関はガラガラ言う引き戸、

    ギィーと重低音で鳴く団地の玄関扉は、

 それはもうとても有り難いものに感じられたんですよね。

私「それにさ、階段もあるし」

母「え?」

私「階段上るの楽しいし」

    今考えると、全く以って意味不明な感想ですよね。

   それでも平屋に暮らす私にとり、

 学校以外で階段を上り下りするなど、ひどく新鮮なことでして。

母「でも、毎日階段上るの大変だよ」

私「そんなことないよ。いいなぁ、階段」

母「…………」

私「それにさ。四階だと、窓から遠くまで見えるんだよ」

 四階の小さな窓から見つめた焼けるような夕日を思い出しながら、

    私は更に続けました。

 「いいなぁ、四階。私も四階に住みたいなぁ」

   ここで、四階に限定されてるのも笑っちゃうんですけどね。


  結局母からは、団地に暮らせるか否かの回答はもらえず。

    夜になってから、私は再び宣言しました。


      「わたし、団地に住みたい!」


屈託なくそんな宣言をした私と父とに目を遣りながら、

  母は引き攣った笑みを浮かべていましたね。

   母は恐らく、父に気を遣っていたのだと思います。

 「一国一城の主になるのが男の夢」と語る父は大工。

   そして、その父の建てた家に暮らす娘が

  「団地に住みたーい」などと声高らかに宣言したものだから、

 そりゃ、一家の団欒も一瞬にして凍り付きますよね。

  母は内心穏やかでなかったのかもしれませんが、

 父が子供だった私を責めることはありませんでした。


  ですがそれとは引き換えに、

父の中には久しく引っ掛かっていたことがあったようでして……。

 「お前子供の頃

   『誰にも見られてないか確認してから門を入る』って、

   そう言ってたんだよなぁ。

 家がみすぼらしいと思って、恥ずかしかったか?」

  私の中にその記憶はひと欠片もないのですが、

   父がそう言うので確かにそうなのでしょう。

無邪気だからこそ本音であるに違いないその宣言が、

    父を傷付けていたんですよね。

  それが理由とも思えませんが、

      そこから十数年を経た後、

  我が家は二階建ての家へと生まれ変わりました。

   設計図をひく段から父はやけに張り切り、

 「二階にシャワールームを作ろう」とか

「友達を泊めるベッドルームを作ろう」とか言って、

   姉と私に制止されたりもしましたね。

    ともかく、二十歳を過ぎて初めて、

     私は二階の自室の窓から、

 我が家の庭と周辺の家々をこの目で捉えることとなったのです。

    可笑しな話ですが、

  あんなに広いと思っていた庭は言うほどでもなく、

 どれほど遠くまで見渡せるのだろうと想像していた視界は、

     それほど開けてはいませんでした。

  やはり、あの日団地の小さな窓から見た

    心揺さぶる景色はそこにはなく、

   私は少々落胆していました。

 既に階段への執着も重い鉄扉への憧れも失くしていた私にとり、

    以前より大きくなっただけの日本家屋は、

   父の大工としての意地の結晶にしか見えず、

  その中に父の様々な思いが詰まっていることに

 愚かなことに私は気付くことができなかったんですよね。


   時が過ぎ……、

 不思議なもので、街を歩く私がつい目を留めるのは、

    なぜか平屋造りの家屋ばかり。

  幼少期の記憶がそうさせるのか、

   理由は私にも分かりません。


    人とは本当に無責任なもので、

 今は平屋の方にこそ魅力を感じてしまうのですから、
   
  これはもう“女心と秋の空”と

   父には諦めてもらうより外ないですね。

 あ、今更父に

   「平屋に戻して」と頼むつもりもありませんがね。

  






  幼少期からマンション暮らしのうちの坊主。



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          かあちゃん、かあちゃ~ん 


      甘ったれに育ちました。





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             ダラリ~ン。







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        川沿いに建設中のマンション。




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     河津桜が満開になる頃には完成するのかな?








大人の世界

   「たもちゃ~ん、中に入って~」



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        日向ぼっこ中 



  只今大規模修繕中のたもつマンション。

 今日はベランダに作業の人がやってくる……予定。

    洗濯物も干せないし、邪魔な物も片付けなきゃならないし、

なんたって、お前さんを作業のお兄さんと鉢合わせさせないことが、

          本日の私の最重要課題  



     「たも~、ほら入って~」



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          外の物音に集中してます。




   「ほら~、た~も~ 」  




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         なんだよもぉ~   




   ベランダにいつ来るの~とソワソワしてたら、

  なんだか玄関ポーチの方が騒がしい状況に。

    エレベーター前の我が家、

 どうしても、人声、機材の音、色々気になっちゃって、

   坊主はずーっとソワソワフガフガ 



    「たもちゃん、そっち行かなくていい!」


   落ち着かないので、新しいオモチャでおびき寄せます 



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            母ちゃん、なにそれ    



    オモチャ遊びも5分と持たず…… 



   予定が狂うけど、散歩に出ました 



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   いいお天気過ぎて、ちょっと暑い 


  

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    そういえば子供の頃、

 「たんぽぽの綿毛が入ると耳が聞こえなくなる」って、

      友達みんなが言ってたな。

   面白がった私は、

 みんなの横顔に向けて綿毛を吹いてたけど。

  それが単なる噂だと知ったのは、

    大人になって随分経ってからのことでした。



   子供の頃は、


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      「コーラを飲むと骨が溶ける」……とか、



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      「コーヒーは大人の飲物だ」……とか、



   訳分からない理由で規制されてたことが、

     たくさんありました。


  
  幼稚園に通ってた頃、

近所のお友達の家で初めてコーヒーを飲んだんですよね。

   彼女も私同様「コーヒーは大人の飲物」と言われ育ったようで、

「○○ちゃん(←私のこと)お客さんなんだからいいでしょ?」と、

  母親に特別に頼み込んでいましたね。

 お客さんが来たらコーヒーでおもてなし、

   日頃そんな風景を彼女は見ていたのかもしれません。

  勿論ブラックなんかじゃないですよ、

    クリープ(商品名出しちゃった)たっぷりのコーヒー。


  「大人の飲物」のコーヒーは、

 甘美な香りも夜の香りもしませんでした。

「大人の飲物」に過剰に妄想を膨らませていた私にとってそれは、

  淫靡さの欠片もなければ禁断を思わせるものでもなく、

ただ「子供の飲物じゃない」と決定づけただけの、

    未来の飲物になりました。



   子供の頃は、

 オヤツの量も種類も母の管理下にあり、

  スナック菓子はほとんど未体験、

 板チョコは多くて1列だけ(3欠けかな)、

買い食いも許されなかったので駄菓子屋さんの楽しさも知らず……。



   それでもこの歳になってみると、

大人たちに管理されることがどれほど気楽な身分なのかと、

      気付くようになるんですよね。

  オマケ付きお菓子だって大人買いできるし(したことないけど)、

    板チョコだって誰に遠慮することなく丸かじりできるし、

 なんたって、制御する人がいませんからね。

   
だけどその分、自分のことは自分でちゃんと管理しなくちゃならない。

  板チョコだって食べ過ぎれば鼻血が出るし(たぶん)、

    オマケ付きお菓子を大人買いしてたら破産しちゃう(かも)。




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        たもつくん、

   大人になるって、なかなか荷の重いことなのだよ 


  
  けど、「コーヒーは大人の飲物」って、

       いったい誰が言い出したんだろ?



貰われて行きますか?

 ここ数日、大好きなファミリーとの遭遇を重ねたもつは至極ご満悦 


    ファミリーっていうのは、


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            サファイア ♀ 14歳

  それから、彼女の飼い主さん(ごん&サファまま)とそのお嬢。



     「たもつーっ」って呼び声聞くと、


             


   もう、我を忘れて猛ダッシュ 

  「わーっ! だから、転ぶってばーっ 

  もうさ、部活でバリバリ走ってる世代の女子じゃないんだからさ、

 猛ダッシュのたもつに引かれて、こっちは脚が絡まり合っちゃって、

   あとは硬いアスファルトに叩き付けられるしかないじゃんかっ 


     「たぁもつぅ~   こっちだよ~ 


   ……って、だから呼ぶなってーっ 



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           サファイアにチューしたい 


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       サファイアのお母ちゃんに撫でられてデレデレ 



   本当は二人揃ってアホ面してる……じゃなくて 

    二人並んでニコニコしてるいい写真を撮ってもらったのですが、

  なぜかブログにアップロードできなくて 


    
    たもつはお母ちゃんのこともお嬢のことも、

  最近会わないけど息子さんのことも大好きで、

   会ってナデナデモフモフしてもらうと興奮し過ぎちゃって 

  その後の散歩が要らないくらい疲労困憊しちゃうんですよね 


    ……で、別れ際必ずお母ちゃんからこう言われちゃう。

  「たもつぅ、うちに帰ろう~ 」(← うちって何処さ? 

「ほら、サファイアと一緒に車乗って 
     (← ……って、たもつもなんで素直に乗るのさ 

 「ごめんね~、たもつ。
   長いこと育ての親のところに預けちゃって 
     (← そ、育ての親? 私のことか? 

 「さぁ、おうちに帰ろうね~ 


  サファイアの飼い主さん、

 たもつをヒョイっと抱え上げると、奴をサッサと車に積み込んじゃってますよ 


     おいおい、それって誘拐だろーがっ 


  これがオカシナことにね、

 たもつは、まーったくと言っていいほど拒まないんですよ 

   抱っこだって、乗車だって、苦手な筈なのにぃーっ 


  
  いいよいいよ、サファイアの家に貰われておいきよ 

     ヘラヘラ嬉しそうに笑ってるしさ 

  サファイア姐さんにバッチリ躾してもらいなさいよ 

   
 
ワンコの場合、その生活環境が変わるのは人間の都合である場合がほとんど。

その中で、生まれた場所で一生を終える子は、少ないと思うんですよね。

    多くはどこか別の家に貰われていったり、

 場合によってはそこから更に新たな住処に移動することも。

  介助犬のように、

 予め決められた期間をある家庭で過ごし、

  彼らを必要とする人たちと過ごした後は、

余生を過ごす為に新たな場所に移り住むような子もいますよね。

 ワンコにとって生活環境が変化するということは、

    どんな意味を持つのだろうと考えることがあります。

 
   だいたい……、

柴犬って「ワンオーナードッグ」なんてこと言われている筈ですよね?

  その柴犬であるたもつがですよ、

 他所の人にホイホイエヘラエヘラついて行くなんて、

飼い主のこと、いったいなんだと思ってるんだーって感じですよ 

 
 これは試しに、サファイアさんちに一晩預けてみるのはどうかしら?

そうすれば、私たち親の有難みってもんが奴にも分かるのでは? 

    ……なんてこと考えてしまう訳ですよ 




  これ、ずーっと昔のことですが……。

 私自身、他所の家に貰われていくかもしれない

   ……という窮地に立たされたことがあったんですよね。

 「貰われる」なんて言い方すると、

   3歳? 4歳? それとも生まれたての頃?

  なんて時期を想像するかと思いますが、

   これ、私がすっかり大人になってからの話なんです。

それでも、初めて話が出たのはまだ学生の頃だったかもしれません。

   父方の親戚に、子供のいない夫婦がいたんです。

  父の姉夫婦のところでした。

   父は8人兄弟の7番目。

 2番目に生まれた姉とかなり歳が離れていたこともあり、

  父は姉に育ててもらったという意識が殊の外強いんですよね。

母親は直後に生まれた8番目の子供から手が離せなかっただろうし、

   確かに、姉が母親代わりだったというのも頷けます。

  子供に恵まれなかった姉夫婦の老後を慮ったのでしょう。

     父は唐突に、

 「○○の家の子供になるか?」

     と私に切り出しました。


   えっと……、意味がよく分かりませんが 


「○○の家の方が裕福だぞ~ 」(← 生々しいわ 

 「あっちに行けば、好きな物買ってもらえるぞ 


   益々、意味が分かりません。

     誘い方そのものもオカシイし 


  
  私たち姉妹、

「これ買ってぇ~」と物欲を剥き出しに親を困らせたことが、

   ほとんどなかったんですよね。

  そんな私に「あっちは裕福だぞ~」なんて台詞が響く筈のないこと、

    父は充分承知していたに違いないんです。

  若干無理のある作り笑顔で、

父はそれでも私から色よい返事が貰えることを期待している様でした。


  「なにそれ? 私は行かないよ」


 強張った表情のまま成行きを見つめる母の姿が目の端に留まり、

   怒る訳でも嘆く訳でもないままに、

     この唐突すぎる「養子」話を、

     私はさらりと受け流しました。

 

  その後も不意に思い出しては、

父は支離滅裂な誘い文句を捻り出し、

   私に「養子」の話を持ち掛けるのです。


   「行かないし……」


  私の素っ気ない態度に打ちのめされても、

父が姉に対してその話を持ち出すことは一切ありませんでしたね。

  姉は長女で、私はその他(大勢)だからなのだ、

    そう確信しました。


そして、娘の気持ちより母親代わりだった姉の心配の方が優先されるのだと思うと、

   私は変に悟り更には妙に安堵したのです。

  「子供は親にとって絶対的な存在」というのは錯覚に過ぎない、

     そのような理解に及んだからでした。


   父親から切り離されることになんら躊躇いはありませんでした。

  ただ、母が自分の母でなくなるということ、

今後母親になる人が生み育ててくれた母より常に優先されるであろうこと。

 それらが耐え難い苦痛を伴うということを、

    当時の私はとうに気付いていたんですよね。

  
  結局その後も、私が首を縦に振ることはありませんでした。


   その後、父が「養子」の話をすることはなくなり、

暫くすると従弟夫婦が伯母の元へ「養子」に入ることを決めました。

    「お前が行けば良かったのになぁ」

       は? まだ言うんかい?

  娘が養子になれば自分の目も届き易いし、

 裕福な姉のところへ行けば娘も幸せになれるし、

    まさに一石二鳥じゃん!

 父の中では恐らくその程度の認識だったのだろうと思います。

     犬猫やるような話じゃないんだよっ!

  (愛犬家・愛猫家のみなさん、ごめんなさい 


     
 あの時もし伯母の養子になっていたとしたら……。

  そんなことを思う日も、時にはあります。

 
 先日実家の台所で、

父が洗った筈の茶碗にしつこくこびり付いた米粒をこそぎ取りながら、

     私は独り、

 「ほれ見ろ! 娘が余分に残ってると、便利なことだってあるんだよ」

              なんて呟いていたのでした。


   年取って、娘の有難みが分かるようになっただろうがーっ!


 今度訪ねた時には、

  押しつけがましく父にそう尋ねてみようかしら。



   
    
   我が子をどこかに出すなんてこと、

私には(たぶん夫にも)とても考えられる話ではありません 


    だって、隣で寝ているこの子の姿が見られなくなるなんてこと、


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     今はとてもじゃないけど考える気になどなりませんから。



私としたことが

       週末、風邪をひきました。


   
   喉の奥がヒリヒリして、鼻の奥がカピカピして、


  思い出したように垂れてくる鼻水は、


鼻の奥を潤すどころか鼻孔から流れ出ることを止めず……。



 既に1週間以上我が家に滞在し続けている風邪菌が、


  干からびた様子の夫の身体にいよいよ嫌気でも差したのか、


  ついにこの週末私の身体に移り住んだ模様でして。



   朝、目覚めると喉の奥が焼け付いたように痛く、


 夕、晩のおかずにと火を入れ始めていた豚肉に胸焼けを覚え、


     散歩に出ても足取り重く、


  腰を下ろしてはたもつを日向ぼっこに付き合わせる始末。  




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          すご~くいいお天気だったんですけどね 

        パッとしない週末だったんですよね 




 日頃は台所に立たない我が夫ですが(……というより私が立ち入らせない)


   こんな時はいつも以上に張り切りだし、


  洗い物を済ませてくれた台所回りは、


   私が立つ日常よりも寧ろピカピカに 


  「あぁ、いつもやってくれて構わないのよ~ 


        ……なんて思いつつ、


反面、日頃の手抜きを責められているようでなんだか落ち着かない 


人ってホント、我が儘な生き物なんですね(← 私だけかっ 




  遠い昔、私は、ひどく虚弱な子供でありました。


 小学生の頃、各学期ごとに1週間単位で病気欠席するのがお決まりで……。

   
   母が学校へ病欠の連絡を入れると、


「○○さんは風邪でお休みです。

    班ごとに順番で授業のノート取ってあげましょうね」


      とのお達しが先生から出されるようで。


  ○○さん、予定通りであれば1週間休む筈……、


    先生も既にそう承知していたんでしょうね。



 (月)風邪の初期症状が出始める

 (火)発熱し始める

 (水)解熱剤が必要なくらい高熱に

 (木)熱が下がり始める

 (金)ほぼ平熱に

 (土)登校できるくらい元気に

  「身体を慣らすまでは登校禁止」という母の考えのもと欠席

 (日)暴れられるくらい元気に

  「調子の乗るとぶり返すから」という母の忠告のもと自宅待機



  とにかく、まあ、過保護だったんでしょうね。


 咳が止まろうが熱が下がろうが、


  そう簡単に家から出してもらえなかったのを覚えています。



 実は、熱を出すといつも高熱で、


   私の辞書に「微熱」という言葉がなかったのは事実です。


 私の子供の頃は電子体温計なんてシャレたものはなかったので、


  どこの家庭も水銀体温計を使っていたと思うのですが、


その水銀体温計のメモリを振り切る勢いで、

 
           体温が上昇しちゃう訳ですよ。


 水銀体温計、最高値が確か42℃だったかと思います。


……で、いったん発熱するとその最高値に軽く達してしまうのです。


 「42℃超えるとどうなるぅ?」


   「これ以上いったら、先っぽが爆発しちゃうぅ?」

(えっと、水銀が先まで達すると破裂しちゃうと思っていた…… 


「これ以上いくとバカになっちゃうよね?」

 (高熱が続くと脳に影響があると恐れていた…… 


  バカな質問を繰り返す娘を宥め寝かしつけるのに、


   母はさぞ厄介な思いをしたのだろうと想像できます。



   
 ……で、高熱でフラッフラの筈なのに、なぜか食欲だけは衰えないんですよ。


   「ご飯、何なら食べられる?」と訊く母に、


 「ラーメン 


   「ラーメンなんかダメだよ」と母。


 「じゃあ、カレーがいい 


          


   「……お粥で、いいね」


  (じゃあ、なんでリクエストなんか訊いたのさーっ 



  
    それでも……、


 発熱したときには発熱したときなりの楽しみや喜びがあるんものなんですよね 


   母が食べたいものを訊きにきてくれることは勿論、


  母がいつも以上にプリンやババロアを買い揃えてくれていたり、


   母がいつも以上に私の様子を覗きにきてくれたり……。


  火照り切った額に当てられた母の手のひんやりした感触の心地よさだったり、

 
汗ばんだ身体を拭うその前冷え切った両手をストーブで温める母の後ろ姿だったり。



  今になってみると、


 喉の奥の痛みや熱によるふら付きより、


   母親を独占できる喜びの方が勝っており、


 風邪の辛さをあまり感じていなかったことを思い出します。



   ちなみに……、

 
  風邪をひくと全ての機能が猛烈に低下してしまう姉は、


   「ゼリー食べた~い」なんて欲求に駆られることも、


「アイス買ってきて~」なんて甘ったれを訴えることも一切なく、


ただひたすら熱と吐き気に耐えている姿だけが


   私の脳裏に焼き付いています 



   この歳になるとさすがに、


「プリン食べさせて~」なんてうなされながら


      寝込むようなことはありませんが……。





   時には繭の中に身を隠し、


 明けも日暮れも知らずに眠り込んでみたいなぁという、


  細やかな欲求、覚えることあるんですよね~。









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            母ちゃん、サボり病ですね 




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          ふぁ~、修行が足りませんね~ 





   

吸われてみたい

  1度でいいから、バンパイアに血を吸われてみたい 



    そう願ったこと、あなたはありませんか?



  私はあります 







  子供の頃、親からマンガを読むことを禁じられていました。


 学業が疎かになる、恐らくはそんな理由からだったと思います。


  「俺は『勉強しろ』なんて言った覚えはない」


     父の口癖でした。


 確かに、両親から口酸っぱく勉強のことを言われた記憶はありません。


  ただ……、


「○○っていう漢字書けるか?」


   「第4代徳川将軍は誰だ?」


  と、家族で食卓を囲む楽しい筈の時間に、


 そう子供たちを試しては、


  父は駄目出ししてみせるのが常でした。




  当然、マンガなどが父の目に留まれば何を言われるかは明らかで、


    友人から偶々借りてきたマンガも、


我が家で1泊を過ごすと早々に彼らの元へと帰っていってしまうのでした。





 それでも、そんな父に内緒で、


  母が月刊誌を買ってくれたことが1度だけありました。


「お父さんに見付からないように、ちゃんと隠しておきなさい」


  興奮しましたねぇ。


 マンガを手に入れたこともそうでしたが、


   母と姉とで秘密を共有したことで、


  横暴な父を疎外することができた、


 そんな気になっていたからかもしれません。




  みなさんご存じの通り、


月刊誌に掲載されている作品は連載物がほとんどです。


   ですから……、


  それまでの話の流れも、


その後繰り広げられるであろう興奮の展開も、


   私は一切知ることができず仕舞い……。



 とうに知り尽くした展開のストーリーでしたが、


  その日もまた次の日も、


私はそのマンガ本のページを飽きるほど捲り続けるしかなかったのでした。







   その本が我が家にやってきたのは、


 姉が高校生か大学生の頃のことだったと思います。



    『 ポーの一族 』



  学校の成績が良かった姉は、


 マンガを描く才能にもまた恵まれていました。


   そんな姉が見付けてきたそのマンガが、


  例えようのない衝撃を私に与えたこと、


   今でもはっきりと思い出すことができます。




 その作者の方が先日テレビ番組に出られているのを目にし、


  思わず注文してしまいました、アマゾンで。




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     単行本3冊だったものが、


   パーフェクトセレクションという形で発行されています。


     作者は、萩尾望都先生です。



  まだ、チラチラっとしかページを捲っていません。


   ちゃんと手を洗って……、周囲を綺麗に片付けて……、


 勿論、坊主を遠くに追いやって 


    準備が必要なんですよ、それなりに。




    あぁ~、もう、芸術作品ですよっ、これは  




  ※ ご存じない方の為に……


   このお話の美しすぎる主人公、彼は所謂バンパイアなのです。


    あぁ、1度でいいから吸われてみたい…… 








     



    母ちゃんばっか、楽しそう…… 



  ツマンナイから、もう寝ます   




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     父ちゃんと1つ枕で寝るたもつ




プロフィール

たもこ

Author:たもこ
生後2ヵ月で我が家にやってきた柴犬たもつ。
日々進化を続けるたもつと彼に翻弄される犬素人夫婦の日常を綴ります。
旧名たもつ先生です。
たもつ ♂ 
2007年10月19日生まれ

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