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親の歳まで

    「俺もあと半年だからさぁ」

  「あと半年しかないんだよ、どうするんだぁ?」

  これ、最近になって実家の父が度々口にする台詞です。

 「半年しかない」というのは、これ、

   「俺の寿命はあと半年」という意味です。

  誤解のないように申し上げておきますが、

   父は決して患っている訳でも、

    余命を告げられている訳でもありません。

  半年……よりもう少し後になりますが、

   来年2月中旬、父は80歳の誕生日を迎えます。

父は「何がなんでも80歳までは生きなきゃならない」のだそうで、

     そのカウントダウンは、

  母を送った2年ほど前から始まったように記憶しています。


  「親より先に死んじゃいけないんだよ」

 「親より先に死ぬのは親不孝だって、そう教わったんだ」

   父は私に、そう説いて聞かせます。

 うんうん、分かりますよ。

  「子供が親を残して先に死ぬのは、親不孝」

 「子供の死に直面する不幸」を親に味わわせてはならない、

    そういう意味なのだと私は思うのですが……。

   父の中ではなぜか、

 「親より先に死んではいけない」が、

「親(が亡くなった年齢)より先に(若い年齢で)死んではいけない」という意味に、

    なにやら変換されてしまっているようなのです。

  父も以前は、

 一般的に解釈されている意味で理解していたと思います。

   それがここ数年は、

 「80(歳)までは生きなきゃならないんだよ」

  「80(歳)前に死んじゃあ親不孝になっちゃうんだよ」

     と繰り返し口にするようになりました。

  祖父は、80で逝きました。

 この歳になってくると父の中では、

  「嘗て身に付けた知識」より「近頃反芻している思い込み」の方が

 「真実」としてその生命力を増していくようでして……。

  80歳で逝った父親のことを思い、

「何がなんでもその歳までは死ねない」と

   父はこの2年余りを、

 意地や気合いだけで生き永らえてきたように見えなくもありません。

  母の葬儀を終え、四十九日が経ち、新盆が過ぎる頃、

 父は時折「○○(母のこと)は、俺をいつ迎えに来てくれるかなぁ」などと、

   ふざけた調子で口にするようになりました。

「こんな面倒臭い亭主、迎えに来てくれる筈なんかないじゃん」

そう憎まれ口を叩く私に向かって父が見せる笑みは心なしか寂しげで、

 「あぁこの人は、本当に母の迎えを待っているのかもしれない」

    そう私に思わせましたね。

  「○○(母のこと)のお迎えはいつかなぁ?」

 「俺も結構歳だぞぉ~」

   そんな後ろ向きな台詞を繰り返していた父が

「80までは生きなきゃならない」と自らに鞭打つようになったのは、

母親を亡くし、その痛みも癒えぬままに父親もまた喪う哀しみを

   子供に味わわせたくないとの気持ちからなのではないかと、

  最近思うようになりました。

    それは、

  「80(歳)までは死ねない」と息巻いていた父の勢いが、

      最近は、

 「あと半年だから」「あと半年頑張れるかな」と、

   少しばかり自信のない様に変わってきたからなのです。

  半年先なのか、

   はたまた10年先なのかは分かりませんが……。

    「その時」を迎えた際、

 子供としてちゃんと父を見送ってあげられるよう丈夫でいることが、

   今の私の最大の使命なのだろうと、

     最近はそんなことばかり考えています。


  
   それから……。

 「親の歳までは……」

    この台詞を父が口にする度に、

 私は、あの日の母の言葉を思い出さずにはいられないんですよね。

   あの日……。

    母と姉と3人、

 紅葉鮮やかな水元公園や飛行機雲を仰ぎ見た江戸川河川敷や、

観光客で賑わう柴又帝釈天を散策する楽しい時間を過ごした後、

  母から唐突に、その病名と余命を聞かされたあの日。

   母がふと口にした言葉を、

  私は、今でも忘れることができません。

「親の歳くらいまではね、生きられると思ってたんだけど……」

  母方の祖父は、88歳で逝きました。

 このとき母は74歳、75歳の誕生日を1週間後に控えた日のことでした。

   親の歳どころか、90歳でも100歳でも生きるでしょ。

  その余命を医師から告げられるまで、

   父も姉も私も、そして恐らく母本人も、

  微塵の疑いもなくそう信じてきていた筈なのです。

    「親の歳くらいまでは……」

       そう母が呟いたとき、

 私には咄嗟に返す言葉が見つかりませんでした。

  「そんなことないよぉ。親の歳なんか楽々越せるよぉ」

    そんな陳腐な慰め言葉も、

余命の告白と娘の反応への緊張感から強張りきった母の心には、

     全く届かないような気がしていたからでした。


   「親が生きた歳まで生きる」

  容易いようで決して容易くないことなのだと、

   私はこのとき初めてそう意識しましたね。

  
  父の言う「親より先に死んではいけない」という台詞も、

 捉えようによってはあながち間違いではないのかもしれません。




  ここからは、↑ の重っ苦しい話とは関係ないお話です。


 木曜日、出光美術館で開催されている、古染付と祥瑞 にお邪魔してきました。

    平たく言うと、焼き物の展覧会です。

   あ、平たくしなくても、分かる人には分かりますね 

  自慢でもなんでもありませんが、

   私、焼き物に関しては(も)全くの無知、ド素人です。

  焼き物の名称って、これ、読み方が結構難しいんですよね 

 こういう時、賢い姉を持つと便利

    ……じゃなかった、助かります 

  なんだか小難しい名称をサラサラっと読んでくれて、

   意味不明な用語をチャチャっと解説してくれますからね 

 まあ、次回まで私がそれを覚えているかっていうと、

   覚えてない自信 だけはあるんですけどね 

  
   併設展で、この日初めて知った画家さんの絵に遭遇。

      13-06-20_1835.jpg


      『シエールの思い出』 by ジョルジュ・ルオー

     これ、展示されてた絵じゃないんですけどね 



   お出掛けから戻ったら、


      13-06-20_1854.jpg


     私の手の甲を枕に、坊ちゃん寝てしまいました 

       この体勢……、結構辛いよ、たもちゃん 



   ついでにオマケ。


     梅雨の晴れ間のたもやん。


   13-06-22_1411.jpg



     13-06-22_1412.jpg







    13-06-22_1419.jpg


          嬉しいんだか、暑いんだか 




     
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お父様のおっしゃる、おやの年までは生きないとと言うの、分かります。
自分が歳をとってくると、亡くなった実家の母の事を思います。
74際で亡くなって、残念だったろうなって。

たもちゃん、富士額になってますね♪

はなママさま

実家の母は75歳で逝きました。やはり、残念だっただろうなと思います。本人は子供の頃から健康優良児だったらしいので、まさかそんなに早く!?と無念だっただろうなと。
その母とは対照的に、父は時折「お迎えが~」なんてことを口にしています。
死ぬタイミングなんて誰にも操作できないんですよね、当たり前のことなんですけどね。

たもちゃん、富士額になってますね♪ ← あらら、美人の象徴ですかね i-237
プロフィール

たもこ

Author:たもこ
生後2ヵ月で我が家にやってきた柴犬たもつ。
日々進化を続けるたもつと彼に翻弄される犬素人夫婦の日常を綴ります。
旧名たもつ先生です。
たもつ ♂ 
2007年10月19日生まれ

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