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14歳を迎える筈だった

   10月19日、今日はたもつの誕生日。

  本日、たもつは14歳の誕生日を迎える筈でした。

    

 たもつを我が家に迎えてからの13年10ヶ月を、

      写真で振り返ってみます。




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     2007年、生後2ヶ月。

   なぜか、気合の入った表情。




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    2008年、まだまだつり目。

  そして、お尻の穴もまだ若々しい。




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     2009年、尻尾がギュンと上がってる。




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    2010年、意外に大人の顔になってきてる。




11-10-18-29朝霧


    2011年、朝霧のドッグラン。

     楽しくて仕方がないんだよ。





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      2012年、飛行機耳を見るに、

        海も楽しめたご様子。





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     2013年、なんでもない河原散歩も、

       キミの笑顔に癒されるよ。




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     2014年、日比谷公園はおいらの庭。

        ふらりとよく行ったよね。




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     2015年、ロングドライブもヘッチャラさ。




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   2016年、階段は駆け上がらなきゃ気が済まない。




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    2017年、ベロの色に自信があるんだよ。




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  2018年、クールなおいらにみんな夢中だったよ。





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     2019年、海は見ない。

      別に、コワイ訳じゃないけどさ。




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    2020年、いつの間にか優しい垂れ目になってたね。





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    2021年2月、こんなにモフモフ絶好調!だったのに……。





     10月19日、今日はたもつの誕生日。



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    いつものお店でケーキを買いました。

   赤ちゃん時代のたもつの写真と一緒に。






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      この手を決して離すまい、

    ずっとずっとそう思ってきたけれど……。


  これからたもつは次のステージへと向かうんですよね。

    私たちは彼の旅立ちを

     心穏やかに見送らなければなりません。


   10月に生を受け、10月に旅立ったたもつ。

  10月を迎える度、私たちはこの辛い別れを思い

         胸を痛めることでしょう。

     それでも私は、

  10月はたもつを世に送り出してくれた大切な月、

        そんなふうに思いたい。
   
     たもつは大切な大切な私たちの子。

   たもちゃん、生まれてきてくれてありがとう。

     たもちゃん、今年もお誕生日をお祝いさせてね。





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帰ってきたよ

   「まだ温もりが残っているのに」の続きです。   


   たもつが息を引き取ってから30時間。

そろそろ、たもつの旅立ちの支度を始めなければなりません。

   「どうにか(たもつを)このまま残せないかな……」

  直前まで思い切れない様子の夫でしたが、

   時計の針に追われることで、ようやく心を決めたようでした。

 持って行くものは花とオヤツとそれから……。

   あれほど確認し合っていたのに、

いざとなると心が揺さぶられ手際よく動くことができません。





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 たもつをお気に入りのブランケットで包もうとするも、

   身体がくにゃくにゃでその扱いが難しくなっていました。

 後にかかりつけの先生に話したところ

  「死後硬直が解けた状態」だったことが分かりました。

 ※解硬:亡くなった後は24時間ほど死後硬直を続け、
   
    その後は死後硬直が始まった順番と同様に、

     顎から後肢にかけ筋肉の硬直が緩んでいきます。
 
 ※私たちは保冷剤を用いましたが、

  冷やし方が充分ではなかったようです

   (温もりを失いたくなくて途中保冷剤を外したりした)

  さほど暑くないこの時季でも冷房を入れたり

      多くのドライアイスを用いたりして、

    しっかりと冷してあげることが大切です。


   体幹を失ったたもつを抱き家を出ますが、

腕の隙間からすり落ちてしまわないかと気が気ではありません。

 夫は駐車場屋上階へ車を取りに行き、

私は胸に抱いたたもつを揺らしながらあやしながら、

      車の到着を待ちます。

 ふと振り返ると、

ついさっきたもつにお別れを言いに来てくれたお友達が

   ベランダに姿を現しているのが目に留まりました。

 私は覆っていたブランケットを少しだけずらし、

   安らかなたもつの顔を彼女の方へと向けました。

彼女もまた数ヶ月前に愛しい我が子を見送っていました。

    「行ってらっしゃい。気を付けてね」

 彼女は何度も手を振り、笑顔で私たちを送り出してくれました。

その優しさがとても心に沁みたし、何よりとても心強かったです。

  
   霊園までは車でほんの15分ほど。

 その短過ぎる道のり、

たもつが車に乗るのはこれが最後なんだ、そう思うとひどく切ない。

  私に抱かれたたもつはもう、

赤ちゃんに戻ったかのような邪気ない表情を見せていました。



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   介護でオムツを着けているというより、

  まだオムツの必要な幼子のようにも見えます。




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      私たちの天使。本当に可愛いよ。



   午後1時、霊園に到着しました。

 手続きを済ませ、火葬場へと案内されます。



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    たもつの周りを花で囲み、

 道中お腹を空かせないようにとお友達に頂いた

        オヤツを持たせました。



  迷った末、オムツは脱がせることにしました。

 あちらの世でお友達に会った時、

     オムツなんて穿いてたら格好悪いものね。

   オムツは綺麗なままでした。



  お焼香の後、たもつにありったけの「大好き」を伝えます。





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   いっぱいいっぱい撫でて、繰り返しキスをして……。

 そんな私の振る舞いに、

  「かーちゃん、くすぐったいよぉ」と

 たもつは頬を赤らめていたかもしれません。

それでも、その感触を私は自らに焼き付けたかったのです。


    とうとう、お別れの時がやってきてしまいました。

 合掌で見送るその前で、

私たちに尻を向けたたもつが火葬炉の中に吸い込まれていきます。

  
    堪らず、私たちは声を限りに叫びました。

  「たもちゃん、ありがとうね」

     「たもつーっ!」

   「ありがとうね、たもちゃーん!」


      「たもちゃーん!!!」


  火葬炉の扉がスルスルと落ちてきて、

 鈍い音を立てその炉が閉じられた瞬間、

たもつと私たちとの世界がもう異なものになるのだということを

       痛いほど思い知らされました。


  お寺の広間に通されると

 大きなガラス窓から火葬場の建物が見えました。

   屋根に目を遣ると、空が揺らめいて見えました。
 

        たもちゃん……。



    1時間ほどが過ぎ、再び火葬場へ。

   あ……。もう、骨になっちゃったんだね。

    それはまるで恐竜の化石のようでした。

 その日恐竜柄のTシャツを着ていたことを、

      後から夫に呆れられました。
 
  泣き尽くした訳ではありませんでしたが、

   お骨を前に不思議と涙は出ませんでした。
 
頭蓋骨と喉仏と頚椎を避け、他の骨を私たちが二人で拾いました。

   脚の骨などはとてもしっかりとしていました。

病気の子はその部分の骨が変色しているとよく聞きますが、

  たもつの場合、身体も頭蓋骨も歯もとても綺麗なものでした。

 ただ1ヶ所、右下顎骨切除をした付近の骨だけが、

少し黄土色っぽくなっていて、闘いの重さを感じさせられました。


  足の爪(の芯部分)4本を入れたカプセルをくださいました。

 最後に頭蓋骨が収められ、

そうでなくても小さかったたもつの身体は、

  更に小さな骨壺の中へと収められました。

 御塔婆は霊園で預かり、供養をしてくださいます。

すべて滞りなく、すべて穏やかな空間の中で、執り行われました。

  車に乗り骨壺を抱える私を写真に収めた夫は

    「顔が少しスッキリしたね」と言いました。

 きちんとお見送りをすることができたことに、

         安堵を覚えていました。

    霊園からの帰り道、

  お世話になったかかりつけの病院を訪ねました。

    病院は病と懸命に闘う子たちが来るところ。

 既に旅立ったたもつ、骨壺に収まったたもつが

   来るところではないと躊躇いもありましたが、

小雨の降る寒い午後で待合室から患者さんの姿も消えたことから、

     病院の前で先生と少しお話をすることができました。

 助手席に鎮座するたもつの骨壺に気付くと、

  先生は「こんなに小さくなっちゃった」と声を震わせました。

そして「撫でさせてもらっても良いですか?」と、

    既に骨となったたもつを優しく撫でてくださいました。

 「その瞬間に立ち会うことができなかった。

   ちゃんと看取ることができなかった」そう嘆くと、

  「気付いた時に死後硬直が始まっていなかったのなら、

 亡くなってから20分以内だったかと思います」ということでした。

   夫が明け方ハッと目覚めたもつの呼吸を確認していたことから

  「虫の知らせだったのでは? 

 たもさんが知らせてくれたのかもしれませんね」と

       そう気遣ってくださいました。

 そっか、たもつは夫のことを呼んだのかもしれないな。

    だって、私より夫の方が泣き虫だもの。


 先生たちや看護師さんたちのことが大好きだったたもつ。

    病院の自動ドアを自分で開けようと、

   せっかちにドアをガリガリやっていたたもつ。

 飼い主にも見せたことのないような尻尾ブンブン

     お尻フリフリで愛想を振り撒いていたたもつ。

  先生が目を潤ませる姿に、私たちもまたもらい泣き。

 最後に先生にナデナデしてもらって嬉しいね、たもちゃん。


この日ひっきりなしに降り続いた雨ですが、

 霊園へと向かう際、病院前で先生とお別れをする際、

    私たちが傘を必要とする時に限り、

  少しだけ止み間が訪れたことが不思議でなりません。

    我が家の晴れオトコ、たもちゃん。

   たもちゃんが、傘を大きく広げてくれたのかな。


  2007年12月22日、

 生後2ヶ月で我が家に迎えた時には1.9キロだったたもつ。

    2021年10月13日、
   
  更に小さく軽くなって

     大切な私たちの子たもつは、

   我が家に戻ってまいりました。



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まだ温もりが残っているのに

   「この布団が一番落ち着くんだよ」からの続きです。



 それは怖ろしいまでに緊迫感を孕んだ夫の叫び声でした。

     
      「たもつ? え! たもつっ!?」

         え? なに?

    瞬時に跳ね起きる私。

   「たもつが! たもつがぁ!」

  たもつの身体をグッと引き寄せる夫の目からは、

     みるみるうちに涙が溢れ出てきています。

       え? ちょっと待って!

    え? たもちゃん? たもちゃん!
 
  待って待って。そんな筈ない! たもちゃん!
 
      ちょっと冷たい。

   でも、帰って来た時もちょっぴり冷たかったよね。

     そんな筈ない! そんなのオカシイ、オカシイよ!

  いくら触れてみても、いくら揺り動かしてみても、
  
      たもつに反応はありません。

 慌てて聴診器を当ててみるも、

   もう何の音も拾うことはできませんでした。

    
         「たもつーっ!」


  たもつに覆い被さる夫の目からは

     止め処なく涙が溢れ出てきています。


      たもちゃん! どうして、たもちゃん!

 
   あまりの出来事に、夫も瞬時に脳内を巡らせ

 この2時間ほどの出来事を整理しているようでした。
 
  夫によると「明け方ふと目覚め、たもつの様子を窺った。

       その時にはちゃんと呼吸をしていた」のだそうです。
 
 状況から、恐らくたもつは6時半頃独りで旅立ったと思われました。
 
  ※後にかかりつけの先生と話したところ

     ほぼ間違いないでしょうとのことでした。

    たもちゃん……。
 
 頼りない飼い主を不安にさせまいと、

   たった独りでたもつは逝ってしまったんだね。

 その瞬間が訪れた時私たちが取り乱すのを見越して、

    それを気遣って、たもつは独りで旅立ったんだね。
 
   たもちゃん、立派だよ。たもつは、私たちの誇りだよ。

  カーテンを開け、

 私たちはたもつの最期の雄姿をこの目に焼き付けました。
 
   たもつはとてもとても綺麗な顔をしていました。

  苦しい最期ではなかったのだと、私たちなりにそう思っています。

   下にしていた左目は瞑っていましたが、

     上にしていた右目はしっかりと開いていました。

    これ、ちゃんと瞑らせてあげなきゃ可哀相だよね。

  試みましたが、

    たもつの右目を瞑らせてあげることはできませんでした。

   でも、まだたもちゃんと目を合わせることができる!

  不思議なことに、たもつの背後から迫っても、

      たもつの顔と向き合っても、

   たもつとはしっかりと目が合っているように見えるのです。
 
 無理に瞑らせることないよ、

    せっかくたもちゃんと目が合っているんだもの。



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      寝起きのように見えるたもつ。

        とっても愛おしい。


  2時間ほど前に学んだケアのことを思い出し、

口や尻から体液などが流れ出ないよう綿を詰めることにしました。
 
 口は……、あれほど気に病んでいた、

   ふとするとズレてしまう噛み合わせが、

 不思議なことに術前の正しい位置に収まっていました。
 
    最期は綺麗なお顔で……、

   たもつなりのプライドだったのかもしれません。

  舌は左下に出てきてしまっていました。

 骨切除した右側ではないのに、

   やはり力が抜けるとこうなるものなんだな。
 
  オムツの中を確認しましたが、中は綺麗なままでした。
 
   前日3回もウンチをして、

  たもつは身体の中をしっかりと綺麗にしてから逝ったのです。
 
    辛い中、たもつはきちんとその準備をしていたんだね。

            カッコイイよ、たもちゃん。

  結局無理に詰め物などはせず、口の下にはタオルを敷き、

        オムツは穿かせたままにしました。

    それから、亡骸が傷まないように、

          保冷剤を身体に纏わせました。
 
 棺に入りやすいよう脚を綺麗に畳み身体を丸めるとも

    書かれていましたが、

  そこに至るまで既に時間が経過していた為、困難でした。
 
    たもつを抱き締めては泣き、たもつを撫でては泣き、

        たもつの毛に顔を埋めては泣きました。


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  暫くしてから保冷材の位置を変える為

     たもつの身体を浮かせてみると……。

   え? まだ……、温かい。

 保冷剤をそこここに当てていたにも関わらず、

   布団に面したたもつの左半身は、

  まだ、温もりを失ってはいませんでした。

 え? ウソ! たもちゃん、本当はまだ生きてるの!?
    
      そんな筈……ないよね。

    でもまだ、少しだけ、温かい。
 
  その記憶を失いたくなくて、

 私たちは入れ替わりたもつのことを抱き締め

    その温もりの感触を肌に植え付けました。
 
       たもちゃん、まだ温かい。
 
   外はもうすっかり明るくなってきていました。

  「この後どうすれば良いの。俺、全然分からない……」

         夫は力なく呟きました。

 私はふと、たもつのお友達ワンコさんが

   荼毘に付された時のことを思い出していました。

     彼のことを大大大好きだったたもつ。

  彼が荼毘に付されると聞いていたその時刻、

 たもつはその方角のお空に向かい2回3回「ワオーン!」と

        寂しげな声を上げ鳴いたのです。

  それは、大切なお友達がお空に昇ることを

    理解しているかのような行動でした。

 そして、その記憶は深く私の心に刻み付けられました。

   彼と彼の妹分ワンコさんが旅立った

     その霊園にお願いしよう、二人でそう決めました。

  その日の晩はまた同じ布団で寝て、

     翌日お見送りをすることに決めました。

    その後は夫と共に花を買いに。
 
  「たもちゃん、お留守番お願いね。

    たもちゃん、すぐ帰ってくるからね」

   いつものように声を掛け、

  いつものようにたもつの頭を撫でてから家を出ました。


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    お見送りの花はたもつらしく、

 黄色やオレンジ色の明るい色合いのものにしました。

 
   その日の午後、たもつのことを0歳児の頃から

  可愛がってくれていたお友達が訪ねてきてくれました。

  「たもつ、もう何でも食べて良いんだもんね」

      そうたもつに語り掛けると、

 「棺の中に入れてあげて。

   たもつの口の周りにいっぱい並べてあげるんだよ」と

 彼女は持ち切れないほどたくさんのオヤツを手渡してくれました。



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たくさんのオヤツに囲まれて、最期の時を過ごしているたもちゃん。


 大好きな人にいっぱいいっぱい撫でてもらって、

    いっぱいいっぱい語り掛けてもらって、本当に幸せだね。

たもつの思い出話に泣き笑い、可愛いポン太をナデナデさせてもらい、

     バカ話もたくさんしていたら、

   いつの間にか張り詰めた気持ちが少し軽くなっていました。



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  ポンポン、たもつのお別れに来てくれてありがとうね。

           本当に嬉しかったよ。


  彼らが帰ってしまうと、

 家の中は耐えられないほどの静寂に包まれました。 

   たもつを撫でながら泣き、この怒涛の1日のことを振り返り、

           また泣きました。

  夜になりたもつの身体を少しだけ動かすと、

   下にしていた左の鼻から血が滴り落ちてきました。

     今になって、体内のものが出てきてしまうんだね。

  慌ててコットンを鼻に詰めましたが、


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 なんか……、鼻炎で鼻水垂れてる人みたいじゃない?(笑)


   オムツの中を確認してみると、

  宿便のようなウンチがやはり少しだけ出ていました。

 あちこち詰め込むのが可哀相に感じていましたが、

   最期のケアの必要性を改めて感じた出来事でした。

  その晩もたもつの背の毛を撫でながら、眠りにつきました。


  翌朝目覚めてみても、たもつの身体はやはり冷たいままでした。
 
    たもつを抱き締め「大好き」を伝えて泣き、

      それを幾度となく繰り返す朝。

  夫もまたたもつを思っては顔を歪ませ、

        抱き締めては泣いています。


   午前中かかりつけの病院から供花が届きました。

  たもつが赤ちゃんの時から14年近く診てくれた病院です。


その後はたもつの幼馴染ワンコさんのお母さんが

       訪ねてきてくれました。

  彼女は鼻の詰め物のあまりの有り様に呆れ(笑)


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     こんなに綺麗に整えてくれました。


  たもつをたくさん撫でてくれて、

 私たちの気持ちに寄り添ってくれて励ましてくれて、

    感謝以外の言葉が見付かりません。

  私たちの体調を気遣い、

 食事まで届けてくれた彼女の心遣いに

    もう頭が下がるばかりです。


   たもちゃん。

  たもちゃんのお陰で、

 私たちはたくさんの優しい人たちと巡り会うことができたんだよ。
 
     たもちゃん、ありがとうね。


  午後にはたもつと本当のお別れをしなければなりません。
    
      雨はますます強くなってきていました。




     続きます。





この布団が一番落ち着くんだよ

     心の準備からの続きです。



     私に抱えるのは無理と判断したのか、

  夫は力の抜けきった9キロのたもつを抱えたまま、

     マンション駐車場の階段を駆け上がります。

 夫に運転を任せ後部座席でたもつの様子を窺うと、

    呼吸は荒くないものの、

  意識障害?なのか反応がいつものそれとは違うのです。


     午後8時過ぎ、病院に到着。

 たもつは声も上げず心拍も落ち着いているように見えましたが、

    やはり身体に力が入っていないようでした。

  
  診察室に通されました。

   体重は8.96キロ。

  体温は少し高く39.3℃。

    え? 身体はこんなに冷たいのに?

先生曰く「体温が高いのに体表温度が低いのは良くないんです」と。

  「普通体温が高ければ末端まで温かくなる筈なんです。

    それがないのは良くない状況なんです」とのことでした。

メラノーマの右下顎骨切除のこと、肺への転移が認められること、

  10月1日から脚が立たなくなったこと、

それに伴ってか排尿のコントロールが上手くいかなくなっていること、

   それまではオシッコ量が多かったが、

 この日に限り午前9時台を最後に全く出なくなっていたこと、

午前中手羽先の煮込みを食べて以降はほとんど食べていないこと、
 
  午後5時過ぎにレメロンを服用していること、

 その際クリームチーズを1口食べたが2口目は拒絶したこと、

  3日間便秘が続いていたが、この日3回も排便したこと、

    思いつくことを全て先生に伝えました。

 1週間前にかかりつけ医で行った血液検査の結果を見せると、

   やはり、CaとCRPの数値が気になるとのことでした。

  再度血液検査とレントゲン撮影を行うことになりました。

 眼振が見られるとの指摘を受けましたが、

    自宅ではそれは確認ができませんでした。

 先生曰く「所謂前庭障害ではなく、

   脳障害というレベルのものです」とのことで、

その深刻さに鈍器で頭を殴られたような気持ちになります。

  前回載せた動画(走っているように前脚を動かす様)は

    所謂「せん妄」とのことで、妙に納得がいきました。

 
 たもつは既に自らの身体をコントロールできない状態になっている。

   脳障害が発生していることにより、悲痛な鳴き声を上げ、

        無意識に前脚を走らせている。


         見ていられませんでした。


    暫く待つと、血液検査の結果が出ました。

  1週間前かかりつけの病院で行った検査と比べると、

       驚くほど状態は悪くなっていました。

 基準値に収まっていた腎臓の数値は大きく跳ね上がり、

    脳圧降下剤は使えないとの診断が下されました。

 たもつの視線は定まらず、

   私たちのことを認識できているのかどうかも怪しく、

  どれくらい回復するかと訊くと、先生も唸ってしまいました。

     処置を施してもらっても、

 もう一生私たちのことを認識できないかもしれない……。

  「やはり、ご自宅で看取りたいのではないかと思います」

   先生の言葉に、私たちもただ頷くしかありません。

 やり切れない思いのまま、それでもたもつの命が繋がればと、

      点滴等の処置をお願いしました。

  処置に4時間ほどを要するとのことで一旦帰宅、
 
    お迎えは午前2時頃が予定されました。

     「何かあったらその前に連絡します」

     先生の口を突いて出た言葉に絶句。

       え? 何かあったらって、何?

 病院を出る前、病室にいるたもつに会わせてもらいました。

  エリザベスカラーを着けたたもつは、ぐったりとしていました。


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    それでも夫が声を掛けると、


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   こちらに視線を向けているように見えます。




    その後は一旦帰宅。

 「少し寝た方が良いよ」夫にそう促しましたが、

  ソファで目を瞑った夫は歯を食いしばったまま、
 
   如何にも苦しげに顔を歪ませています。

      

    午前2時前、病院に着くと、

 待合室は以前にも増して混み合っていました。

     診察室に通されました。

 表情を強張らせ何から説明すべきかと

   少し躊躇いを見せる先生の姿に

私は自身の身体が硬直するのを感じていました。


    血液検査の結果、

 1週間前には基準値内だった項目の数々が、

    あり得ない数値を叩き出していました。

  前述した通り、腎臓の数値も悪く、

 特に、体内の炎症を見るCRPが急上昇していました。

1週間前には4.0(軽度)だったものがこの時には>21.0、

   (重度)を遥かに振り切った数値となっていました。
 
     これはもう……、厳しいのかもしれない。

   他にも様々な症状が出ていました。

 ・メラノーマによる高カルシウム血症の可能性。
   食欲不振・腎障害・傾眠傾向。

 ・1回粘血便。

 ・意識状態昏迷。

 腎機能も消化器機能も一気に悪化したように思われます。

   ただ、心肺音には異常を認められず、
  
    胸水・腹水などもありませんでした。

  レントゲン写真を見せてもらいましたが、

 腫瘍が大きくなっているのか、或いは肺炎の影なのか、

      判断は付かないとのことでした。

  でも、今更もうそんなことはどうでも良かったのです。


 この後、私たちはたもつの為に何をすれば良いのだろう。

  先生の説明によると、

 かかりつけ病院へデータが送られるので、

   今後はそちらでの処置ということで、

・今後皮下点滴になるのか静脈点滴になるのか分からないので、
   針は付けたままで帰宅。

・食事は何を摂るのか、かかりつけ医と相談。

・食事も水もシリンジで摂ることになると思うが、誤飲に注意。


   夫が「どれくらい持ちそうですか?」と訊くと、

  「食べてくれれば1週間くらい……でしょうか」と

     先生は答えを絞り出しました。


    それならギリギリ、

  19日の誕生日まで持つかもしれない。

 たもつは14歳の誕生日を

   家族と共に迎えることができるかもしれない。


  一度待合室に戻り、

 次はたもつのいる診察室へと招き入れられました。

  
   顔を上げ目をキラキラさせ

 私たちとの再会を喜んでくれる姿を期待していましたが、

     やはり状況は厳しいものでした。

  たもつはぐったりと身体を横たえていましたが、
 
 夫が声を掛けると、瞬きをし応えてみせてくれました。

   夫がたもつを抱え、診察室を後にします。

  看護師さんが深々と頭を下げる姿に、

    状況の切なさを思い知らされます。

  
   たもつを抱え駐車場まで歩く夫は、

 「連れて来た時より身体がしっかりしている感じがする」と

      そう話しました。

  やはり、処置をしてもらって良かった。

   後部座席に寝かせ隣に座ると、息遣いも落ち着き、

    もう哀しげな声を上げることもありませんでした。

 「呼吸が落ち着いた? さっきより穏やかになったよね」

      少し浮かれて話す私をよそに、

   「それが怖いんだよ」と、夫はそう呟きました。


 帰宅後、防水シーツを広げた布団にたもつを降ろそうとすると、

  抱き抱えていた夫の腹に彼はオシッコを漏らしていました。

    布団の上にたもつを横たえると、

 息遣いは不規則ながら、苦しそうな様子は見られません。


    左半身を下に寝かせたので、

 右前脚と時折右後ろ脚も、走りっこでもするように動かしています。






   右前脚をあんなに痛がっていたのに……。

  今はそれも忘れ懸命に走る姿に胸が詰まります。

   せん妄による症状なのだと分かってはいても、

 懸命に走っているように見えてしまい、なんだか愛おしい。


 前日訪れた神田明神でのお願い事が神様に通じたのか、

  たもつはこうして無事我が家に帰ってくることができました。

   いつものように私の布団に、

 いつものように夫の方へとその顔を向け、

   それがたもつのベストポジションでした。

とにかく、たもつが安心する場所に帰って来られて良かった。






 たもつの肉球に触れてみると、驚くほど冷え切っていました。

  涎の誤飲がないようにと、タオルで枕を作りました。

 「誤飲の心配もありますが、

首を立て過ぎるとそれも詰まりに繋がります」と言われていたので、

    枕の高さに慎重になってしまいます。

 でも、たもつはもう文句1つ言うことはありませんでした。


   たもつの身体を撫でながら、

 「たもちゃん大好きよ。たもちゃんありがとうね」

   「たもちゃん、ちゃんとおうちに帰って来られたね」

  「たもちゃん、頑張ったね。とっても立派だよ」

 しつこいくらいに、私はたもつに声を掛け続けました。

  「たもちゃん大好きよ」「ありがとうね、たもちゃん」

 顔を寄せそう伝えると、たもつはウィンクで応えてくれました。

       ちゃんと伝わってる!

  「たもちゃん大好きよ。たもちゃんありがとうね」

 いつもより冷たいたもつの身体を摩りながら、

    私は必死に思いを伝え続けていました。


 その後は夫がひと足先に布団に入り、

     たもつに寄り添いました。

  暫くして様子を見に行くと、

 たもつの眠りは安定しているように見えました。


 私はパソコンに向かいターミナルケアのことを改めて学び、

  一方で「お別れの時にすること」にも目を通していました。

来週の誕生日まで持つだろうか、せめて後数日持つだろうか。

  午前4時40分、私が布団に入る時にも、

   たもつの心拍は安定しているように見えました。

 時折ブーブー、時折スース―と、

  たもつの呼吸音は不規則に聞こえましたが、

   決して苦しそうなそれではありませんでした。

 それまでの睡眠不足が響いたのか、

  たもつの呼吸音に神経を尖らせていた筈の私も

    いつしか深い眠りに落ちていました。

   外は既に、白み始めていました。







     長いので続きます。




心の準備

    突然のご報告になりますが、

     10月12日火曜日明け方、

    私たちの大切な大切な子たもつが、

           永眠いたしました。



 ここからは最期まで闘い抜いたたもつと家族の記録です。

    暗いの苦手という方は、

   どうぞサイトを閉じてくださいね。



    前回も書きましたが、

  10月10日(日)は神田明神へお参りに。

 オムツのお世話になっても、脚が立たなくなっても、
 
     車に乗るのは全く問題ない!

   
   21-10-10_1208.jpg


      家族みんな自信を高めたところでした。










    明神さまの裏の公園、たもつもご機嫌です。




   翌10月11日午後、かかりつけの病院へ。

     4月末に受けた右下顎骨切除後、

 徐々に噛み合わせに不快感を覚えるようになっていった坊ちゃん。


    
     21-10-08_1922.jpg


   こうして頭を起こしている時には全く問題がないのですが、

      身体を横たえる際頭部を斜めにしていくと、

     どうしても噛み合わせにズレが生じてしまうようで。

 横になろうとすると違和感、体勢を整え直そうとしても違和感、

   
   21-10-08_1801.jpg



 21-10-08_1804.jpg


   枕の位置がピッタリとはまると良く眠ってくれるのですが、

  そうでなければ噛み合わせを気にしてのたうち回ってばかり。
  
    身体の沈む布団より

 噛み合わせのズレない硬い場所で眠る方を好むようになってからは、

   私もそれに付き合いフローリングの上で夜を明かしたことも。

  それでも全く違和感がないという訳ではなく、

    硬いフローリングの上で激しく動き回るので、

 頭を打ち付けないようにと

   身体を抱え込むように坊主の頭の下に腕を差し入れ、

 撫でながら宥めながら時が過ぎるのをただ耐えて待つのみです。

  差し出した腕はそのうち疲れて寝入った坊主の枕となるので、

 私は微動だにせず冷えたフローリングの上で身体を凍らせます。


   このままじゃ、共倒れになっちゃう。

 噛み合わせをどうにかできないかと、かかりつけの病院へ。

    診察室に入り先生から声を掛けられるも、

      たもつの反応は薄いまま。

  バギーから降ろし診察台に乗せるも、

 後ろ脚を前に伸ばした状態でのお座りになってしまい、

     なんだか力が入りません。

 顎の状態を診てほしくレントゲン撮影をお願いしましたが、

   顎にズレは見られず、問題はないとのことでした。

  体重は更に減り、9キロを切ってしまっていました。

 食べられないということ、特に「悪液質」が、

   先生が最も懼れている事態のようでした。

 ※がん悪液質:

 体重減少・骨格筋量減少・食欲不振で、

  それに付随して倦怠感・疼痛・不安・抑うつなどが起こる。

  
    食欲を刺激できないかと、

  再び「レメロン」を処方してもらいました。
  
 この日の食事は、午前中ほんの少しだけ口にした

  手羽先の煮込み(ボーンブロススープ)のみでした。

食べ渋りが激しくてもこれだけは口にしていたヒルズの缶詰も、

         この日は拒絶。

   私が作った手羽先の煮込みが、

 坊主が最期に口を付けてくれたものだと思うと、

     それだけは救いになりました。

 病院から帰宅後クリームチーズで薬を包み坊主の口元へ。

    訳の分からないまま飲み込んだ様子でしたが、

   クリームチーズをもう一かけら口に運んであげるも、

         坊主はそれを嫌いました。


     前日まで3日間便秘が続いていましたが、

   この日の朝、夫を見送る前に

     雄叫びを上げながら綺麗なウンチをしました。

  その後、(恐らく)病院の診察室でウンチをしたので、

      帰宅後オムツを脱がせ浴室へ。

 それまでは(濡れて良いのはお尻周りだけ!)と気合を入れ、

前半身を上手に起こすことができていた坊ちゃんですが、

   この日は前半身に全く力が入らない様子だったので、

  左腕で頭を支え右手で尻周りにシャワーを当てるという力技で、

      どうにか坊主の洗浄を終えました。

   洗浄後、オムツを穿かせずリラックスさせていると、

     坊主はこの日3度目のウンチをしました。


         え? なんか……、オカシイ。


    便秘続きだったのは確かなのですが、

      それでも、こんなにどんどん出る?

  お尻を拭ってみると、血液?のような赤い滲みが。

     ウンチの状態はとても良かったのですが、

           え? 血?

    これ、やっぱりオカシイ。

     身体の中を綺麗にし始めている?

   これ、旅立ちの準備とかじゃないよね?

     そういえば、今日はオシッコをしていない。

 朝9時過ぎに河原に行き、1度だけオシッコをした後は、

    夕方になってもオシッコは出ませんでした。

  前日まではオムツの安心感からか

     オシッコの頻度が増していた坊ちゃん。

   「デトックスになるから良いことだよね」

「たまに横から漏れちゃうこともあるけれど、出ないよりはマシ」

     夫ともそう話していたばかりでした。

    オシッコが出ないって、すごく危ない。


   心の準備が必要なのかもしれない……、

     坊主を我が家に迎えて初めて、

        そのことを思いました。


  その後トイレに行きたいような素振りを見せたので、
 
      バギーに乗せ河原へ。

やっぱりオムツが嫌なのかな、お外に行きたいって言ってるもんね。

    薄暗くなった河原、

 よそのワンコさんに邪魔されない辺りでバギーを止めると、

     「たもちゃ~ん、降りてチッチしようか」


      え? たもつの身体、冷たくない?

   それでも、腹部の動きを確認できたことから、

 更にたもつに声を掛け草の上に降りてみないかと促します。

     たもつは頭を上げることもなく、

抱え上げてももう草の上に立つことはできないような気がしました。

   朝はヨロヨロしながらも立つことができていたのに……。

  圧迫排尿などせずに、

    自力でしっかりオシッコを出すことができていたのに……。


   帰宅後、クッションを枕にたもつを寝かせ様子を見ます。

  噛み合わせの不快感に暴れることはありませんでしたが、

         やはり何か、様子がオカシイ。

       「オーン、オーン」

    時折なぜか、哀しげな声を上げ鳴くのです。

   「たもちゃん、大丈夫? たもちゃん、どうしたの?」

 時計に目を遣ると、病院の診察受付時刻を過ぎていました。
 
        もう、電話も繋がりません。

  ※ コロナ禍で診察に関する制約が厳しくなっていました。

    少しでも早く帰れないかと夫に電話をしますが、

           全く気付いてくれません。

 電話を掛け始めてから20分ほどが過ぎた頃、

   ようやく夫から連絡が入りました。
  

  「たもつが変、救急に連れて行きたいんだけど!」

 電話を切ると、たもつは未だ不安げな声で鳴き続けています。

 「○○(←夫の名)もう帰ってくるよ。もうすぐよ、頑張ろうね」

    「○○(←夫の名)すぐ帰ってくるからね」

 夫の名を出すと、それまで不安げな声を上げ続けていたたもつが、

        目を瞬かせ反応を見せてくれました。

  たもつは昔からウィンクで気持ちを返してくれる子だったので、

 (大丈夫! ちゃんと分かってくれてる、意識はしっかりしてる!)

    そう確信を持ち、その後もたもつのことを励まし続けました。

   連絡が取れてから約30分、夫が帰宅しました。

     夜間救急の病院に電話を入れ、慌てて準備。






  その時の状態を医師に見せる為、夫が撮影しました。


    病院へ運ぶ為たもつを抱え上げると、

        「あー、ダメだー」

      夫は悲痛な声を上げました。


     見ると、

  抱き上げられたたもつは上半身をぐったりとさせ、

   口からは夥しい涎がダラダラと滴り落ちていました。

 



        長くなるので続きます。



プロフィール

たもこ

Author:たもこ
生後2ヵ月で我が家にやってきた柴犬たもつ。
日々進化を続けるたもつと彼に翻弄される犬素人夫婦の日常を綴ります。
旧名たもつ先生です。
たもつ ♂ 
2007年10月19日生まれ

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